終わり良ければ、感謝…?

玄関の扉が開いて、オンボロ寮内に冷気と一緒にぞろぞろと人が入ってくる。スノーボールファイトが終わったのだ。
賑やかな雑踏に気付いたユウが廊下に顔を出すと、浮かない顔をしているミヤが見えて負けたんだなと察する。
姉の時間が賞品として扱われるのが気に入らなくて参加した雪合戦。不本意な結果になってしまったと己の無力さを痛感するが、勉強会に時間が使われるのなら、そこだけは良かったかもしれない。

談話室は、急拵えだというのにちょっとしたパーティーのように華やかに飾られていた。倉庫から出した質素な丸テーブルは、端が刺繍で彩られた白いテーブルクロスが掛けられ、その中央には可愛らしい花が活けられている。
映画で見た立食パーティーのような光景にミヤは目が釘付けになった。

「あ!ミヤちゃん達おつかれ〜。ねぇトレイくん、悪いけど手伝って欲しいんだよね」

髪をいじりながら申し訳なさそうに言うケイトにトレイの表情が凍り付いたのを隣にいるミヤは気がついた。
ケイトの頼み事はスイーツを可愛くデコって欲しいという事だった。なんでも、ジャミル作のスイーツが写真映えしないそうだ。
ミヤが手伝いを申し出ると仕方ないといったふうにトレイはケイトと一緒にキッチンへ向かった。

「あっ!オレ様の高級ツナ缶はどうなったんだゾ!?なあ、ミヤ!」

ソファに座る人や寝そべる人、故郷のパーティーを思い出して嫌そうにしてる人などがいる中、グリムはミヤの脚にしがみ付くと談話室を出て行った。
ユウはジャックと話すエースとデュースの所へ行き三人を労った。結果はどうあれ貴重な体験ができたとジャックは満足気だが、エースとデュースは徒労に終わったと、かなり残念そうにしている。負けてしまい得るものが無くなったのだから、そう思うのも仕方ないよなとユウは苦笑した。

ケイトに付いて行ったミヤはお菓子の甘い匂いで幸せな気持ちになっていた。
ミヤがナッツの香ばしい香りを肺いっぱいに詰め込んでいる隣で、茶色いスイーツを見たトレイは成る程ケイトが納得しない筈だと思っていた。

「トレイくんが普段使ってそうなものは揃えたんだけど…」
「すみません。俺がやってもケイト先輩の要望に応えられそうになくて、お願いできませんか」

"なんでもない日"のパーティーでもないので見た目を気にする必要はないし、守るべき法律もない。
だが、せっかく美味しそうに焼けた菓子なのだから見た目も美味しそうに彩らなければ勿体無いと、トレイはケイト達の要望を受け付けると、その場にいる全員でチョコを溶かしたり生クリームを泡立てたりという下準備を行った。
カットしたフルーツやクリーム、チョコを使ってトレイがデコレーションしていく。まずチョコの入ったボールを手に、学園長の指先のような形状にしたフィルムにチョコを入れて網目やハートなどの模様を描き始めた。
それが終わるとドーナツをチョコにディップしていく、その手際の良さに全員で見入ってしまい見てないで手伝えと注意されてしまった。

「お待たせしました〜」

談話室にスイーツを運び、ケイトの指示でテーブルに置く。全て並び終えると満足そうに、ケイトは記念写真を撮ろうと言ってパシャパシャとスイーツをバックに色んな人と写真を撮り出した。
ミヤも一緒にユウのスマホを借りて写真を撮る。心が風船のように弾む心地で、みんなと撮った写真を眺めていた。トントンと肩を叩かれて振り向くとジェイドが立っていた。打ち上げの挨拶をして欲しいと頼んできて、驚いて声を上げると全員がミヤを見ていた。たじろぎつつもジュースが注がれたグラスを渡されると、フッと小さく息を吐き顔を上げた。

「えっと、今日の企画は私のわがままから開催されました。最初は全く乗り気じゃなかったし、結局私は試合出来なかったんですけど……でも、終わって一緒に写真を撮って思い出を形に残してみたら結構楽しかったなって今は感じています。
結果は残念なことになりましたが、今日は私の我儘に付き合ってくださりありがとうございました。
…私が用意したわけではないんですけど、甘いお菓子を食べて温かいものを飲んで、あと少し私の我儘に付き合ってください!
………以上です。ありがとうございました」

なんだか言っててだんだん恥ずかしくなってきてしまった。ジェイドの「乾杯は?」という言葉を復唱するようにグラスを上げて言うと、バラバラに「乾杯!」という声が聞こえ、スイーツを食べたりお喋りしたりと思い思いに楽しみだした。
ミヤは隣にいるジェイドに向き直ると、再びお礼を述べた。ジェイドは自分の好きでした事だからと言うが、それでも彼が企画してくれなければミヤに楽しい思い出はできなかった。

「対価は要らないと言ってましたけど良いんですか?」
「僕自身かなり楽しませてもらいましたので必要ありません」
「今の気持ち的には、何かお礼がしたいと思ってるんですが」
「お礼ですか………それならありがたくいただきます」

心から感謝するような事をされると何か返したくなるものだ。ミヤが「何がいいですか」とジェイドの希望を聞くが、用意する必要は無いと言われてしまった。
結局どっちなんだと文句を言おうと口を開くと、ジェイドの顔が至近距離にあって、ミヤは目を見開いたまま慌てて口を噤んだ。

「あああーーー!!!ジェイド!イセエビちゃんに何してんの!??」

フロイドの声に一部の人が反応し、ジェイドを見てギョッとした。体を屈めてミヤの頬に手を添え、キスをしていたのだ。
顔を赤くして怒る人や騒ぎ立てる人、信じ難い光景に絶句する人、ミヤをジェイドから引き離す人。
それらを意に介さず、ジェイドは大変涼しい顔で「お礼はいただきました」とミヤに笑いかける。
ミヤは漸く自分の身に降りかかった事を理解できたのか、頬を赤く染めジェイドの顔面に掌を叩きつけると談話室を飛び出し、みんなが帰るまで部屋から出て来なかった。
叩かれたジェイドを含む全員が呆気に取られ、後にいい気味だ当然の報いだと笑う。ジェイドにどうして避けなかったのか聞いたが、笑って誤魔化されてしまったフロイドの心にはモヤモヤが残った。