- 寮に帰ったら談話室でフロイド先輩が寝ていた。ああ、だから玄関を開けた途端グリムが「エースに用があったの忘れてたんだゾ」なんて言って走っていったのかと納得する。まあ納得したところでソファを独占しているこの人をどうにかできるわけもなく、そっと談話室を抜け着替えを済ませてからブランケットを手に戻ってきた。
自分の腕を枕に仰向けで寝ている先輩の脚はソファに収まりきらず窮屈そうに曲げられている。とても寝づらそうなのに熟睡してしまっているのか、目の前にしゃがんでいてもピクリとも動かない。普段、私に巻きついてくる腕は静まり返り、悪戯っぽく細められる表情豊かな瞳は穏やかに閉じられている。開いている口からは「小エビちゃん」と親しげに呼ぶ声はせずに無防備だ。
口の隙間からちらちらと白い歯が覗いているのをぼんやり眺めた。これだけ見ていても身動ぎ一つしないけれど、大丈夫だろうか。ついには好奇心に負け、そうっと手を伸ばし唇に触れないよう、慎重に人差し指を口の中へ進入させ、犬歯のような前歯に触れた。
「ひゃっ」
「な〜にしてんの?小エビちゃん」
「えっ、いっ今、噛ん…」
甘噛みというのだろうか。痛くはないけど、じんじんとした疼きが残っている。どうすればいいのだろうか。しゃがんでいるせいで顔が近いことや先輩の甘い視線が私に注がれていること、手首が掴まれて離れようにも離れられないことに焦り言葉も上手く出てこない。
「美味しそうな匂いがしたから噛んじゃったぁ……小エビちゃんだったんだねぇ」
うっとりした目線に羞恥が一気に顔まで迫り上がってきた。私の反応を楽しむように手が引かれ指先に先輩の唇が触れた瞬間、爆発した。恥ずかしい‼︎ これ以上私を蕩けさせる視線に晒されたくなくて先輩に掛けるため持ってきたブランケットを持ち上げ遮った。
「そんな事したって止めるわけねーじゃん」
指先への優しい感触とリップ音にブランケットの向こうで私の指が先輩の唇に蹂躙されているのだと知る。指先から今にも溶け出しそうで、体の芯まで熱りどうにかなってしまいそうだ。突然、さっきと同じ鋭い感触に脳が覚醒し、湿った柔らかい感触から逃れたくて必死に手を引いた。
「もう、もうダメです。やめてください」
「えっもうギブ? オレもっと小エビちゃんのカワイイ反応見てたいんだけど」
「ダメです。もうダメです」
腰が砕けてしまった私を先輩は笑って見ている。ダメだ、先輩の目を見たら応えたくなってしまう。流されるまま受け入れるなんて絶対にダメだと口から出そうになる言葉を必死に振り払い「離してください」と出来るだけ冷たい声で突き放した。
離された手首が熱い。一度離れて落ち着かせようと立ち上がる私の手が再び引かれフロイド先輩の胸に倒れ込みそうになった。目の前に、眠そうな、けれどまっすぐ私を射抜く、瞳があった。
「ねぇ、オレと付き合ってよ」
顔が熱くなって涙が出そうになるのを抑え込むと、ブランケットを顔面に投げつけ談話室を出てへたり込んだ。突然ギャップを出してくる先輩は狡い。逃げてる私は酷い。それでもやっぱり付き合うというのが怖くて返事ができないまま、十一回目の告白を突き返してしまった。
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