- 海中からの柔らかく揺蕩う光が差し込む部屋で私は呼吸を乱していた。初めてのことに不安で胸が震え緊張で吐息も震えてしまう。怖い。初めては必ず痛みを伴うのを分かっててやろうとしている。だから、私の気持ち次第だけれど…
「心の準備は整いましたか」
首を振れば小さなため息をつかれた。このやり取りもこれで四回目なのだから呆れるのも無理はない。私は何度も深呼吸を繰り返し意を決して「お願いします」と言葉にした。声は震えていた。
「あぁ、そんなに体を硬くなさらないでリラックスですよ」
「むっ無理です〜〜」
「おやおや、これでは上手く入らないかもしれません」
「え!? い、痛くしないで……」
「それはナマエさん次第ですよ。ほら動かないで」
先輩の指先が触れ、その冷たさに肌が震える。先端が触れた瞬間、体が強張り支える先輩の手から逃げようと自然と動いてしまう。なんて、情けない。
「怖いなら僕にしがみついてていいですよ」
なんでも良かった。痛みが少しでも和らぎそうなら藁にだって縋る。そんな思いでしがみついた先輩の体は大きくて、じんわり伝わる温もりに安心感を得られた。
「まだ怖いですか?」
「少しだけ」
「大丈夫ですよ。痛いのは最初だけですから」
「はい」
ぎゅっと目を瞑り頭を先輩の胸の辺りに押し付け痛みを堪える準備をした。再び先輩の指が触れ、先端が当たり、息が荒くなる。先輩が笑った気がした。
「あなたのハジメテを僕がいただけるなんて幸せです」
「そういうの、いいから……」
「覚えていて欲しいんです。誰があなたに何をしたのか」
「怖いんですよ……早くしてぇ」
「おねだりですか? 可愛らしいですね」
「せんぱい、はやく……」
迫り来る痛みの瞬間を想像して少しだけ涙が出そうになる。もう一度催促しようとした瞬間、思い切り貫かれた痛みに「いッッたぁ」と声が漏れ、扉が勢いよく開かれた。
「は? 何してんのジェイド」
「おやフロイド遅かったですね。ハジメテは僕がいただいちゃいました」
「ふざけてんの? ただのピアスだろ」
「まだ、じんじんします……」
大きなため息をついて向かい側のベッドにどかっと座ったフロイド先輩が私たちを睨め付けている。怖くはないけれど終わったんなら早く帰れとでも思ってるんだろうか。
何か悪いことをしたのか分からないままジェイド先輩に着けてもらったファーストピアスに触れた。鋭い痛みは一瞬だったけれど、今もまだ脈を打つような痛みを感じる。
傷口が塞がるまでしっかり消毒しなければならないし寝る時だって気を付けなきゃならない。かわいいピアスが着けられる嬉しさもあれど、やっぱり不安もあった。
「ジェイド先輩?」
背中に巻き付く腕と押し付けられる先輩の匂いに、急に恥ずかしくなって胸を押し返し椅子から立ちあがろうとするけれど、更に腕はキツく巻きつくばかりで離れてくれない。どうしたのかと顔を上げたいけれどピアスが引っかかりそうで怖い。
「ねーえ、ナマエちゃん」
顔を上げられずにくぐもった返事しかできなかった。不意に耳たぶに触れられ肩が跳ねる。するするとピアスの辺りに触れられながら、こんな少し触れただけでぴりぴり痛むんだと怖くなった。
「フロイド」
「ケアすんの不安?」
「ちゃんと出来るか、心配です」
「だいじょーぶ、怖いならオレがやってやるよ?」
「ナマエさん……アフターケアまで僕がやりますよ。あなたに傷を付けたのは僕です。責任を持って毎日忘れず丁寧にして差し上げます」
「なーんか言い方ちょっとキモい」
「どこがですか」
なんとなく二人が喧嘩しているように聞こえ居た堪れずに断ったけれど、二人の間に流れる空気があまり良くないような気がして身を縮こめるしかなくなった。
「ま、いいやぁ。小エビちゃんオレねぇ、かわいいピアスの店知ってんだ〜今度一緒に行こうよ」
「はい! 行きたいです」
「楽しみですね。いつにしましょうか」
「ジェイドは留守番に決まってんだろ」
今のようなことが始まった先月の出来事を思い出した。あの日はジェイド先輩に「美味しいお菓子をいただいたんですが食べきれなくて」と部屋に誘われ、一緒にお菓子と紅茶を楽しんでるところにフロイド先輩が来て言い合いが始まったんだ。
そして"話し合い"の結果、こうして『ジェイド先輩と過ごす日』と『フロイド先輩と過ごす日』というのが出来上がった。邪魔をしないというのが絶対のルールだったはずなのにフロイド先輩が来たから怒っているのかもしれない。
とはいえ私には何もできない。子供に取り合いされるおもちゃのように、大人しくされるがまま可愛いおもちゃでいるしかないのだ。癇癪を起こしたり取り合いの末捨てるしかなくなった……そういうおもちゃにはなりたくないなと思った。
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