- ※ご都合魔法薬でジェイドが女体化します
※ギャグです
「うっかり魔法薬を被ってしまいました」
放課後の廊下で会った美しいお姉様がジェイドさんだなんて三回も聞き返してしまった。平然としている姿に被ってしまった魔法薬はたとえば『髪が伸びる』のように危険なものではなかったのだろう。
とはいえ裏声まで使って女の子になりきるなんて先輩のユーモアにはいつも驚く。清流のように美しい髪は腰まで流れ、少しの乱れもなく着られた制服の袖が余っていたり裾が捲られている。目の前に立った先輩との顔の距離が近い事にも違和感を覚えた。
「背、縮みました?」
「ええ、縮みましたね」
「一体どんな魔法薬を被っちゃったんですか? 危ないものじゃないんですよね?」
「安心してください。ただ体が女性になってしまっただけです」
「えっ体が女性に?」
にこやかに肯定する先輩の言に驚いた弾みで浮いた手が真実を確かめようと彷徨う。手首を掴んだ指の柔らかさに胸がくすぐったくなった。
「ね?」
手が連れて行かれた先には確かな膨らみがあった。むにむにと制服の上から触れば控えめながらも確かに女性にしかない柔らかな膨らみがある。柔らかい……二つの膨らみ……目の前が一気に現実に引き戻され慌てて先輩から離れた。
いつ誰が通るともわからない場所で元が男性とはいえ胸を揉んで辱めてしまったと罪悪感を覚える。柳眉が歪むのを見て謝罪を口にしようとする私を先輩の言葉が遮った。
「やはりこの姿の僕とは触れ合ってくださらないですよね」
柳眉は悲しみで下がっていたようだ。いつも通り場所を憚らず、いつもより柔らかい身体を正面から抱きしめる。あ、先輩の匂いだ。顔を上げればやっぱり高いけれど割と近くに顔がある。女性的になった分なんだか幼く見えるかも。
そっと手を取る。骨張っていない滑らかな手はモデルさんのようなのに、長い指も切り揃えられた爪も全く変わらない。性別が変わろうと私の気持ちが変わってないことを再確認した。
「ジェイドさんが女の子になっちゃっても私の気持ちは変わらないみたいです」
「僕のこと、変わらず好きということでしょうか」
「はいっ!!」
困ったように笑うジェイドさんを安心させようと華奢になってしまった身体を再び抱きしめた。背中に返ってくる感触に心が満たされる。
「僕は今あなたを好きになってよかったと強く感じています」
「私も同じ気持ちです」
「……好き、と言葉にはしてくださらないんですね」
言外に「いつもは挨拶のように言ってくださるのに」と、糸のように絡む視線を切るように瞬きをし、ぼんやりと目の前にある胸元を見た。そういえば『好き』という言葉を口にしていない。目線を戻せば待ち焦がれるような熱い視線が絡む。
首を傾げれば笑みを変えずに首を傾げるジェイドさん。単純に気持ちを言葉にして聞きたいのかもしれないけれど、ここまで私に言わせようとしてくるジェイドさんには違和感がある。
「す……」
「……す?」
「すきやき」
「先週一緒に食べましたね」
「スキレット」
「今ちょうどそれを使用したメニューを考えているところです」
「スキンヘッド」
「呪文を間違えてそうなった方がいましたね」
「スキミング」
「犯罪に手を染めてはいけませんよ」
「スキップ」
「あまりお上手でないですよね、教えて差し上げましょうか」
「余計なお世話です」
勝手に楽しくなって笑っているとほっぺが揉み込まれ、どうして言ってくれないのかと小さなため息をつかれた。美人の憂い顔に胸がきゅっとする。これは、何か理由がある訳じゃなく単純に言って欲しかっただけなんだなとちょっと反省した。
「ごめんなさい。女の子の友達ができたみたいで嬉しくなっちゃいました」
「なるほど? ここには同年代の女性はいませんからね」
「ジェイドさんのことは、たとえ女の子になったとしても変わらず大好きですよ」
笑って見上げたジェイドさんも同じように笑っている。なんだか顔がちょっとずつ遠くなって気付けば元の身長差に戻っているし、髪も短くなっている。いつものジェイドさんを前にアホみたいに口が開いてしまった。え、どういうことなの。
「あなたのおかげで元に戻れました」
「えっえっ、え?」
楽しそうに笑っていないで説明して欲しい。楽しそうな様子で『意中の相手の好意を自分に向ける魔法薬』が生成後に『意中の相手に好きと言われるまで性転換する魔法薬』へと変質してしまったと教えてくれた。繊細な分野だからこそ些細なことで予想外の変化を起こすから楽しいんです。とジェイドさんは言った。
私にとって問題はそこじゃない。意中の相手の好意を自分に向けるだなんて一体誰に使うつもりだったのかと、聴覚以外の全機能が停止した。乾き切った口から掠れた言葉がこぼれる。
「誰に使うつもりだったんですか」
「さて、知っていたとしても守秘義務がありますから」
「そうですよね、私には教えられませんよね」
「……僕の愛を疑うなんて寂しいですね」
魔法薬は慈悲深い彼らが契約者へ渡す予定のもので、効果自体も好きと言われたら効果が切れるジョークとして扱われるような合法薬ということらしい。変質し使えなくなったものを本当にうっかり被ったかどうかは既にどうでもよかった。
「もっと僕の気持ちを良く知っていただく必要があるようですね」
にっこりとまとわりつくような笑顔に小さな地雷を踏んでいたことに気付いたけれど、いまさら何を言ったところでジェイドさんの意思が変わらないことはよく分かってる。
「僕が雄であること、雄である僕にしか与えられないものを教えて差し上げますよ。たっぷりと時間をかけてね」
手袋の冷たい感触が首筋を這いねっとりとした声が耳を撫で上げると、全身を柔らかな湿り気に締め上げられる。羞恥とかそういうのを吹っ飛ばして覚悟というものを作り出さなければならなそうだ。
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