- ※審神者の指を一期が食べます
※一期の一方的な好意です
近侍の一期と共に本丸の廊下を歩いていたところ、曲がる場所を間違えたかのように見たことのあるようで知らない廊下にいた。
先程まで聞こえていた短刀たちの声や道場で竹刀をぶつけ合う音かすかな音ですら、耳に届かない。警戒する一期をよそに目の前に鎮座する障子をそろりと開いた。
室内に足を踏み入れたわけでもないのに室内にいて床の間の掛け軸におかしな文が掛けてあった。『四半刻以内にどちらかが相手の一部を食べないと出られない部屋』
半信半疑な私を他所に出られない現状を確認した一期は迷うことなく、恐ろしい言葉を言い放った。
「私を食べては口の中が切れてしまいますな」
一期一振はうっそりと笑った。審神者に向けられた瞳にはいつもの陽だまりのような色が失せ、虚を見ているようだ。
腰を抜かし後ずさるも四畳半の空間ではすぐ障子に背中がぶつかる。障子は引けども叩けども、びくともしない。早鐘を撞く鼓動に叩き出された息がひっきりなしに口を出入りする。
眼前の障子に影が射した。
ぴたりと止まった指先が震えている。ガリガリと掻いていた爪に木屑が挟まっているのを見つめることしかできない。審神者の背中に体重がかけられた。一期の重みで心臓が潰れそうだ。
「早く済ませませんと……四半刻など瞬く間に過ぎてしまいますよ、あるじ」
シルクのように滑らかな手袋に包まれている、温度などない硬い手が審神者の手を壊れもののように掬う。
振り返れない審神者を覗き込んだ一期は審神者のたおやかな手を己に引き寄せる。怯えながらもそろそろと視線をこちらに向けてくるのをみとめ、薄ら口を開き白魚のような左手の薬指を甘噛みする。
「やめて……」
「私は貴女と一生ここにいても構わないのですが、貴女には帰りたい場所がおありでしょう」
目を見開く審神者の口が言葉を紡ごうと震えた。一期は己の全てを受け止めるには小さ過ぎる体を力一杯抱きしめると、甘噛みした薬指に歯を当て有り余る思いの丈をぶつけた。
「さあ、障子が空きました。手当てできる物を持って参りますので、今少しこちらでお待ちください」
一期は、手際良く懐から取り出した真っ新なハンカチを取り出し審神者の指にキツく巻いた。そうして、とても穏やかな顔で部屋を出ていった。
苦痛に歪んだ顔は伏せられ、くしゃくしゃになった目元から堪えきれない涙が次々にこぼれ落ちる。畳を濡らす涙が鮮血と混じる。
刃で切り落とされたような綺麗な切り口から滴った血が少しずつ変色していく。キツく巻かれたハンカチももうだいぶ赤く染まった。
こぼれ落ちる涙と溢れ出た血溜まりに染まる物を審神者はすがるような目で見つめる。血とともに落ちた白金の指輪が小さな水溜まりに沈んでいた。
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