- 「ごめん、小エビちゃん……オレ今ヨユーないから今度ね」
イライラしたような様子で立ち去る先輩の背中を感情を殺して見送る。先輩の言う余裕ってなんですか。何に余裕をなくしてるんですか。私に対しての事なら余裕なんかなくして感情曝け出してくれていいのに。私は、どんな先輩だって大好きなんだから。
そう言う勇気のない私は、いつもベッドの上で先輩を誘う。正直、いつもの先輩から与えられるものだけで体力的にもいっぱいいっぱいだ。私の挑発に目をぎらつかせる先輩を見てるといつも、あぁ足りないんだなと思う。先輩にならめちゃくちゃにされていいのに、我慢しなくていいのに。
言葉にするのは恥ずかしい。頑張った告白も一度はフラれている。もしかしたら、私では物足りないのかもしれない。先輩に相手にされないたびにそんな事を考えてしまう。なんだか辛いなぁと、先輩との関係に悩んでいた。
「フロイドはやめて僕にしておきませんか」
彼氏の兄弟からの誘惑。少女漫画ならきゃーってテンション上がるところだけど、実際は身の危険を感じるものだった。先輩とのデートのため、先輩との時間を楽しむため始めたモストロでのバイト。ジェイド先輩に作ってもらった賄いを食べている時のことだった。
ラストまで入っているシフトの日、先輩は個人の都合で休みだった。せっかく一緒のシフトにしてもらっているのに意味がない。しょぼくれながらも頑張って働いた私にご褒美だってジェイド先輩が腕を奮ってくれた。
先輩の大盛りのパスタを相変わらずですねって笑いながら、珍しく隣に座るなと思っていたらこれだ。フォークを持つ手を掴まれ、するっとフォークが抜かれるとパスタ皿がすすっと遠くへ押し除けられた。
「離してください」
「そうしたら逃げてしまうでしょう? 嫌です」
微笑む顔とは裏腹に掴む手の力は強く気付けばもう片方の手も掴まれている。席を立ちたくても、足のつかない高さの椅子からは上手く降りられなかった。近づいてくる顔から逃れたくて精一杯体を逸らす。
困ったような顔がぐっと近くなった。「落ちますよ」なんて言いながら、逸らした背に添えられた手でジェイド先輩の方へ寄せられる。せめてもの抵抗で背けた顔。露わになる耳に吹きかけられたのは最低な提案だった。
「フロイドでは埋められない寂しさを埋めて差し上げます」
ああ、この人は私がこうなるのを待っていたんだと思った。こうやって人の弱ってるところに甘く囁いて絡め取って奈落へ突き落とすんだ。私のこの寂しさはフロイド先輩でしか埋まらない。この人に縋ったところで何も解決しない。
「先輩じゃ……」
「罪悪感とか? 向こうもどうせ同じ事をしてるかもしれないのに」
ジェイド先輩の言葉が心に刺さる。私が気にしてる事を憚る事なく突き立てられ涙が滲む。やっぱり先輩、そうなのかな。掴まれている手と逸らしていた首から少しずつ抵抗する力が抜けていくのを感じる。
寂しい気持ちに一つの疑惑を投げかけられただけでこんなにも誰かに不安をぶつけて、楽になりたいと思うなんて。私って、こんな簡単に恋人を裏切るような最低な女の子だったのかと落胆した。
「おやおや、フロイドには困ったものですね。かわいいカノジョを不安にさせるなんて」
私を抱きしめるジェイド先輩はただただ私に優しくし、甘やかすように美味しい紅茶とお菓子でもてなしてくれる。最初に感じた身の危険はその後微塵も感じない紳士的な態度を貫いている。
恋人がいる人を抱きしめているのに紳士的というのも少し変かもしれない。けれど、それ以上の触れ合いは一切してこないし雰囲気すら感じられないから体の関係がジェイド先輩の狙いではないと思った。
フロイド先輩に冷たくされた日はジェイド先輩のところに通っている。何か狙いがあってフロイド先輩の恋人である私にこんな事をするのかは分からない。それを利用して私は自分を慰めているんだから、やっぱり私は最低な女の子なんだろう。
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