- 「いつもありがとうございます」
感情をひた隠しにする僕は、スッキリした顔をする監督生さんを前に柔らかい笑顔を向けた。あとどれだけ続ければいいだろうかと焦れながらも、己の辛抱強さと好機を掴むための嗅覚を研ぎ澄ます。
警戒心が薄れ、僕の出す紅茶とお菓子を疑う事なく口にする姿に笑みが深まり歯が剥き出しになりそうなのを彼女の小さな体をそっと抱き寄せる事で隠した。まだ、あと少し。僕への信頼を高めてからだ。
こうして僕は監督生さんの傷心をケアし彼女を暴きたい欲を抑え、寮へと帰す。なんて紳士的なんだろうかと己のスマートさへ賛辞を送り、早くフロイドへ愛想を尽かしてくれないだろうかと淡い期待を抱く。
「監督生さんが欲しい」
先に彼女に目をつけたのは自分だというのに、持ち前の運の良さと甘え上手なフロイドが先に彼女の心を射止めた。本人にその自覚も意図もないのが恨めしい。フロイドと好みがあった事はなかった。どうしてツガイにと望んだ雌を兄弟に掠め取られなきゃならないのか。
扉が開き大きな音を立てて閉まった。不機嫌そうなフロイドに怪訝な顔で「小エビちゃん、来た?」と言われ「ええ、来ましたよ」と素直に答える。何も悪いことなどしていない。兄弟の恋人のアフターケアをしたにすぎない。机に向かう僕の胸ぐらがフロイドに捕まれ、強制的に上半身がフロイドへ向く。
「なに? 小エビちゃんに手ぇ出そうっていうの?」
「なにか不満でも? 心配なら彼女を突き放すようなことをしなければいい」
「……チッ、したくてしてねぇよ」
ああ、面白い。フロイドも自分が原因だと分かっているからかそれ以上は追求してこなかった。してきたとしても何も問題はない。正直に打ち明けるつもりだ。監督生さんが欲しいから奪う、と。単純なことだ。その単純なことを成し得るチャンスが欲しい。
「おや、懐かしい参考資料ですね」
図書室で一人レポートをまとめている監督生さんに会えるとは、なんて僥倖。このまま一緒に勉強するという口実でオンボロ寮にお邪魔できないだろうかと、遠回しに誘う。しかし、そう上手くはいかないもので残念なことにフロイドが彼女に教える予定だと言う。
仕方なくその場を離れ近くで予習用の参考資料を開いてことの成り行きを見守ることにした。広げた資料の向こうで監督生さんが席を立つのが見え、フロイドの姿でも見えたのかと残念に思いながら読み終えた資料を閉じる。ふと、自分の名を呼ぶ彼女の声がした。
「あの……先輩はもう、寮に帰っちゃいますか?」
悲しそうな顔をした監督生さんが横に立っている。そんな約束忘れてしまえという僕の願いが通じた。本当に今日はツイている。あくまでフロイドとの勉強会は終わったのかというスタンスで言葉を返せば、案の定すっぽかされたようで僕に勉強を教えて欲しいと頼んできた。
「構いませんが……僕もオクタヴィネルの寮生ですからね」
喜びでニヤつく顔を誤魔化すように眉を困らせ取り繕う。たじろく彼女も面白い。なにも考えずに頼んできたのか、必死に考える姿がかわいかった。今すぐ僕のものになるのなら対価なんて、いや、対価は彼女自身もしくは彼女と関係を進展させる何かであればいい。
不安そうに彼女の口から対価が発せられる。何か条件でもあるかと思えば、思いつかないのか〈命にかかわらないことで〉などと易い答えが返ってきた。僕は彼女との契約内容に相違がないか確認するため、彼女からの提案を言葉にする。
「僕があなたに勉強を教え、それにかかった時間分、監督生さんの時間を僕がもらう。で、間違いありませんか?」
「命にかかわらない範囲で、が抜けてます」
「ああ、そうでしたね。あなたの命の安全は保証いたしますよ」
彼女からの性的な制約を一つも与えられなかったのは、僕が彼女にとって安全な雄だと認識されているからだろう。そう仕向けたのは僕自身。安牌だと思っていた雄に手籠にされる彼女を想像して背筋がぞくぞくした。
まだ、そこまではしない。安全だと思っていた雄から少しずつ僕への認識を変えていく。僕は想像するだけでドキドキしますが、監督生さんは一体どこからドキドキしてくれるんでしょうかとほくそ笑む。
希くは、彼女の理解力が乏しければいい。今日の僕はツイているから当然のように叶う気がした。
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