- 「ッぶねぇ! ゴメン、立てる?」
そう言って手を差し出す男の人。横にある塀をすり抜けた太陽光が顔半分を斜めに明るく照らしてる。キラッと風になびくエメラルドグリーンの髪が綺麗で見惚れてしまった。
惚けるあたしの手を掴んで立たせてくれたその人は、軽い身のこなしで目の前の階段をくるっと宙返りしながら降りていった。「パルクールだ」と口からこぼれる。しかし、頭の中では「王子様だ! 絶対ロイヤルソードの人だ!」と興奮していた。
また会えないだろうかと週末になる度に外出申請しては街を散策しウィンドウショッピングをして回った。全然会えないと落胆し授業中の窓の外に目をやった時、窓が大きな物で覆われた。人だ。
箒に乗った生徒は逆さまになりながらぶつかった窓を蹴って再び運動場の方へ飛んで、いや落ちていく。重力に負け逆さまに垂れ下がっていた髪があの日見たエメラルドグリーンの色をしていた。
「嘘だ……」
あの時見た軽い身のこなしに似たものを感じながらも、不恰好に落ちていく姿が同じ人物と思えない。それに、王子様のような仕草をここの生徒がするだろうかというのが一番信じがたい理由だ。
他人の空似に違いないと思っていた矢先、思わぬところで再会する。学園長から押し付けられた厄介な調査で知った〈リーチ兄弟〉は、あたしが街で出会った人と瓜二つ。けれど、そのどちらもあの日に会ったあの人と同じ人だと思えずに、ずっと否定していた。
「こんにちは、リーチ先輩」
「あ? なに?」
「はい、こんにちは」
おんなじ背の高さ、おんなじ髪色が並んでいる時に声をかけた。くるっとほぼ同時に振り返り見下ろしてくる姿に少しだけたじろぐ。優しそうな目元でも目が笑ってない人と笑ってるようで笑ってない人。
周りが水を打ったように静かなこの廊下。あたしたち以外ほとんど人がいなかったようで、タイミング間違ったなと思っても遅い。「何の用?」と声をかけられて少しだけ肩がビクッとし口からは単語にならない言葉が漏れた。
「ぅ、あ……あの、聞きたいことがあって」
「僕たちに聞きたいこと? 何でしょう?」
じろじろと見下ろす視線に急かされながら、ずっと聞きたかったことを口にする。
「先輩達って実は三つ子じゃないですか!?」
期待するあたしの前で先輩達は目を丸くし互いの顔を見合わせ、笑った。ヴィランみのある笑みにドキッとするあたしの肩にぽんっと手が乗ってきた。
「ナマエちゃんさ〜どこでその情報手に入れたの?」
「ど、どこって……あの、かッ勘と言いますか……」
「なるほど。その勘の良さが偶々なのか、持ち前のものなのかはさておき……」
俯きがちなあたしの視界にピカピカの革靴が入る。視界が暗い。
「内緒にしてくださいますよね?」
「喋ったらどうなるか、わかってるよな?」
「ひ、ひゃい」
ぽんぽんっと肩を叩いて去っていく二人。その背中が廊下の角を曲がって見えなくなるまで足は動かなかった。怖かった。やっぱり悪だ! NRCだ! と思いながら力の入らない足でふらふらとその場を後にする。
あたしは間違ってはいなかったと確信が持てた。先輩達にはロイヤルソードに兄弟がいる。口外して欲しくないのも無理もない。自分たちの兄弟が敵視してる学校に在籍しているなんて知られたら、揶揄われたり馬鹿にされたり学園生活で肩身の狭い思いをすることになるだろうから。
とんでもないことを知ってしまい、心臓がドキドキする。それと同時に弱み握っちゃった! なんてお気楽なことを考えていた。
「やっほーナマエちゃん、なんか困ってなぁい?」
「困ッてますね!」
しかし毎回毎回、思ってもないところから登場するから心臓がバカみたいに飛び跳ねる。寿命が縮む。すごくびっくりするから〈ビックリーチ先輩〉だなんて能天気なことを考えてしまう。それくらい、先輩が出てくる前まではいつもの状況だった。
そう、いつものように無駄に絡まれている。あたしは足だけは自信があっていつも大人の目があるところに逃げ込んでいた。けれど、今日はよりによって走りにくい森の中。「なんか美味そうな匂いがするんだゾ〜」なんて走って行った小動物なんか無視すればよかった。
いつもは反論しないあたしに青筋立てる人たちを前に困っていたら、突然上から葉っぱと一緒にリーチ先輩が降りてきたんだ。カオスの予感がする。そう思って先輩の質問にテキトーに答えていたら「昼寝してたから体動かしたい気分〜」とか言って放置され苛々していた生徒達に殴りかかった。
今のうちにこの場を離れようかなと思いジリジリと後ずさり、背を向ける。
「どこいくの?」
「うわあああああ」
「あはははっ待てよ!」
あの長身が追いかけてくるとか怖すぎる。しかも、身のこなしが軽くてあの日の彼を思い出させるのも、なんか嫌だった。足の速さが自慢のあたしも体力はやはり先輩に負ける。最初は開いていた距離も今は先輩が手を伸ばせば捕まりそうな距離だ。
ここまできたら、あたしも意地だ。だから、視界の悪い林の中をがむしゃらに走りながら先輩との距離を確かめた。
「ッ前!!」
急に開けた視界。ここは学園裏の森。切り立つ断崖の上に建つ学園の下は荒れ狂う海だ。どうしよう、こんなに急には止まれない……ようやく足が止まるも海に吸い寄せられるように身体が傾く瞬間、後ろに引っ張られた。
「バカ!!」
両腕があたしの身体をしっかり捕まえていた。先輩の足先、数センチ先には海が見える。浅い呼吸が繰り返され喉の奥が鉄っぽくなり、しだいに歪んでくる視界にあたしは相手も気にせず胸に顔を埋めた。
「うあああん、怖かっだぁ〜〜」
「バカだよ! ナマエちゃんは! ちゃんと考えて走れ!」
「ごめんなさい〜〜」
「はぁ〜〜、もういいよ。無事ならさぁ」
恐怖と安堵がいっぺんに来て訳がわからなくなっていた頭が少しずつ冷静になっていく。走った後だから身体が熱い。先輩の身体も熱いな。心臓もすごく速い気がする。てとこまで頭の中に思い浮かんだらものすごく恥ずかしくなった。
「うわ! ご、ごごごめんなさ」
「あっぶねぇだろ! 急に動くな!」
「あああそうだった崖だった!」
慌てて突き放した先輩の胸に逆戻り。抱き寄せる力強さにドキドキする。いやいや、これは崖にいるという緊張からくるやつ! と能に言い聞かせた。抱き寄せる腕に引き寄せられながら、ゆっくりと立ち上がり崖から離れる。
急に吹き出した先輩を見上げた。壊れたみたいに「あっはははは」と笑い出す先輩に呆気に取られていると、抱きしめるあたしを先輩が見下ろす。
「ナマエちゃん、すっげぇおバカだから急に笑えてきた!」
さっきからバカバカと貶すことばかり言ってくる先輩。清々しいほどのあけすけな言葉と楽しげな笑い声が今のあたしの心を平常に戻してくれる。傾き始めた太陽の光を浴びるエメラルドグリーンはキラキラしていてあの日見たものを彷彿とさせた。
あの日見た人とは別人なんだろうけれど、先輩の髪もなかなか綺麗だなぁ。なんてぼんやり思ったあたしは、しばらくしてから三つ子だというのが先輩たちに揶揄われていただけだと知る。酷い人たち!
#女監督生受け版ワンドロワンライ より
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