- 知ってる?うちの学校の七不思議。
そのうちの一つは踊り場にある鏡。
西校舎の階段。
その踊り場にある鏡なんだけど、鏡に向かって何回じゃんけんしても当然あいこになる。
だけど、【夕暮れ時】【誰もいない時】という条件が揃った時「三回勝負」と言ってからじゃんけんすると不思議な事が起きるらしい。
じゃんけんぽん。
あいこでしょ。
あいこでしょ。
あ…負け…
「もっと遊ぼう」
鏡には小さい子供。
びっくりして腰を抜かせば手首はヒヤリとした手に掴まれていて―――
「そのまま子供とは思えない力で鏡の中に引き摺り込まれちゃうんだってー」
夕焼けの中、楽しそうに笑って話す友人がいなくなった。この話を聞いた次の日、彼女は家に帰って来なかったらしい。昨日の放課後は彼女と駅前で別れたのでその後を知らない。
最後に会ったのが私ということでいろいろ話を聞かれたけれど、話せることは何もなかった。そう、話せない事ならある。こんな話をしたって取り合ってもらえない。
【学校の西校舎。二階から三階へ続く階段にある鏡に向かって、じゃんけん勝負をする】
彼女はこれを試したのだろうか。西日が反射する鏡をぼんやり眺めながら半信半疑で鏡を見つめた。辺りに人はいない。彼女もこの状態で……
「ッ、ぁ……待って!」
ほんの一瞬、彼女の姿が写った。見間違いじゃない。間違いなく彼女だ。けれど、今見えるのは自分の必死な顔。手には冷たくて硬い鏡の感触。やってみよう。
「三回、勝負」
じゃんけん、ぽん……あいこで、しょ……あいこでしょ。あいこ、で……ああ。ははっと自嘲する声を漏らしその場にうずくまる。本当に、どこに行っちゃったの。涙ぐむ私の耳に誰かの話し声が聞こえた。のっそり立ち上がるも、その場から動けない。俯く視界の上履き。見覚えのない靴下に急に首筋が寒くなった。
おそるおそる顔を上げ見えた光景に、引き攣った息を飲み込んだ。
「な、んでそんなとこに…」
鏡に手を付く瞬間、友人が硬い鏡から吐き出されるように飛び出す。そのまま前のめりに倒れそうな彼女に手を伸ばすも、何かに引っかかったように一歩も動けなかった。
「探しましたよ、ナマエさん」
男性の甘い声がした。腕を引かれ、身体にまとわりつく腕。倒れて動かない友人が離れていく。ふと、水に飛び込んだ時のような全身を包む何かの感触があって、次いで息苦しさを感じた。それはほんの僅かの時間だけ。
気付けば寂寞とした夕日は形を顰め、辺りは夜のしじまに包まれていた。
「相変わらずお人好しですね」
目の前の鏡に友人は写っておらず、代わりに強張った顔の私と綺麗な顔をした男が写る。思い出した。やっと会えたことの喜びと忘れていた悲しさとなんだかよく訳のわからない感情がない混ぜになり、両目から涙がこぼれる。
「お会いできてよかった」
「ジェイドさん……」
愛おしげに微笑む先輩に縋り付くように、首に腕を回した。会いたかった。寂しかった。何よりも嬉しい。
「もう離しません」
「……はい」
抱きしめられる強さに一生を誓い合う言葉と錯覚し、返事に躊躇ってしまった。この恋する気持ちに偽りはないのに。自分の気持ちが嘘ではないと信じてもらいたくて、抱きしめる腕に力を込め直し全身を寄り添わせた。
鏡を背にしたナマエには見えていない。必死に鏡を叩く友人と、それを冷めた目で見つめるジェイドの姿。やがて魔法の効力は消え、鏡はただの鏡に戻った。腹の底から昇ってくる慕情に口元が歪むのを抑えられない。
将を射るなら先ずは馬。愛しい人が自分の元に戻ってきた喜びで全身に熱い血が行き渡るのを感じた。もうこの場所には用はない。
「行きましょうか」
言葉なく頷く愛しい人を優しく抱き上げると足早にその場を去る。ナマエを見つめる優しい顔、しっかりと体を支える頼もしい腕。そのどれもが愛おしいと訴えているのに、その後ろ姿には仄暗さが付き纏っていた。
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