- 「……」
「……」
あいつら何やってんだ?と周囲の生徒は並んでスマホやタブレットを操作しているイデアとナマエをチラチラ見た。然して面白味もないのですぐ視線は逸らされ、また他の生徒の視線が向く。
「……」
終始無言でタタタッと操作する二人の手元ではメッセージアプリが起動していた。そう。二人は声を発さずにメッセージで会話をしていたのだ。こっそり後ろから覗いた生徒が絶句している。
ぴこん、ぴこん、と受信音も鳴らさずやりとりする様は【本当にコイツら付き合ってるのか】と疑問に思うばかり。
<今日グリム氏は?]
[監督生と一緒ですよ>
<モフりたかったんだが]
<モフモフ不足]
[せんぱい>
<なに]
[好きですよ>
タップする指が止まり隣を見下ろした先にじっと見上げる恋人の姿。ブルッとタブレットが震え[大好きです>が送られた。
「そっそういうのは、ちゃんと口にした方がいいと思うよ。アプリで会話し始めた僕が何言ってんのって感じだけど」
控えめに見下ろすイデアを曇なき眼で見続けるナマエに気まずさを感じそっと視線をスマホに向ける。
「……口にするってこういうこと?」
イデアから声にならない叫び声が出た。恐怖とも嫌悪とも真逆の悲鳴。色で言うならピンクだろう。
<いやいやいや、え?]
<とつぜんなに]
<反則では]
慌てる指がタブレット画面を滑った。突然キスをされたイデアはブルーの炎をピンクに染め燃え盛る炎が弱く、チラチラと空気に溶ける。
<かわいすぎでは]
<は〜〜〜拙者の推しが今日もツボをついてくる〜〜〜]
[推しじゃない>
<あ、はい]
[私ってせんぱいの何ですか>
<あう]
<えと]
<こ、こ]
言い慣れない言葉に指先がどぎまぎしタブレットの画面に近づいたり離れたりする。
「口にしてくださいね」
「ピャ」
「大好きですよ、イデア先輩」
恋人にここまで言われて言わないわけにはいかない。これは推しへの愛の言葉。思いの丈をぶつけろ!と奮い立たせる。意を決して見下ろしたナマエのふんわり笑う顔が心なしか挑発的に見えた。
「フヒッ、僕に言葉にして欲しいならもっと頼み方ってものがあるんじゃない? あ、もしかしてキミには分っかんないのかなぁ」
阿呆みたいに煽った。言い終えて後悔する。なんで拙者は素直に言えないのかと心ここに在らずなイデア。
「先輩のそういうところも好きですよ」
両頬を包むように手を添え二度目のキス。試合終了のゴングが鳴り響いた。イデアの完敗である。
「ぼ、僕も……すっ好き、です」
いっぱいいっぱいだけど心からの言葉に嬉しそうに笑う監督生を見てその小さく弧を描く唇にゆっくり近付く。ブルーの唇が薄く色付く唇に触れるまであと数ミリ。
「もう授業は始まってますよ」
黒いカラスが背後に現れた。この鐘の音は勝敗のゴングではない。午後の授業が始まったのだ。
学園長に見られ青春ですねぇなんて生暖かい感想を言われ、せっかくのキスも邪魔されたイデアの心は荒れに荒れる。不意にブルっとタブレットがメッセージを受信した。
[また放課後に>
隣で微笑むナマエに荒んだ心が浄化されていく。さすが拙者の恋人。推せる。かわいくて大胆で素直で、拙者のことを好きと言ってくれて笑ってくれる。推しと言うと怒るけど、そこもかわいいからやめられない。
つまり、一生推せる。
<またね、ナマエちゃん]
そうしてコミュ症の逢瀬は放課後へ持ち越されたのであった。おしまい。
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