- 名前も知らないその人に一目で惹かれた。運命なんてくだらないものは自分には絶対ないと思ってた。それが一瞬で覆ってしまうほどその人の笑顔が、仕草が、話し方が魅力的で一瞬の内にその人の身体的情報が脳にインプットされる。モストロの一般開放日なんて忙しくて面倒な事が増えるだけなのに、早くその日が来て欲しいと初めて思った。
彼女と次に会ったのはアズールに買い出しに行かされた時。ついでに部屋で食べるお菓子も一緒に買って店を出たところで、ずっと会いたかった彼女が目の前を横切った。記憶と変わらないカワイイ笑顔で話す姿に胸がそわそわする。ずっと見続ける男がいるのに気にもしないで去っていく姿に少しだけ苛ついた。ふと、彼女がスマホを取り出した時バックから白いものがひらひら落ちる。
「ねえ、これ落とした?」
「え? あ、ありがとうございます!」
目を丸くした表情もカワイイ。初めて彼女から自分へ向けられた言葉に変なのが胸に詰まったみたいで気の利いたことも何も言えないまま、彼女は行ってしまった。買い出しから帰ったオレを見て変な顔をするアズールに、予約客のケーキ食べてよかったって言ったら小言を言われた。
待ちに待った一般開放日。彼女が来るかなんて分からないけど、どうしてもホールに出たいと無理を言ってよかった。水槽がよく見える席にドリンクを持っていけば、オレのことを覚えていたようで、驚きつつも「この前はありがとうございました」なんてはにかむから、また喉の奥がきゅっと閉まって気の利いた言葉が出ない。溢れる喜びを半分押し殺して「ごゆっくりどおぞ」と余所余所しく当たり障りのない事を言って離れることしかできなかった。まだ始まったばっかだけど仕事が八割終わった気分だ。
彼女は料理が下手らしい。それは何回目かの来店で連絡先交換して、外で会って、一緒にご飯食べてる時。
「フロイドくん、すごいなぁ。私、料理はてんでダメで」
「苦手ってこと?」
「いやぁ苦手っていうか、もうね、ダメなんだよ」
どんだけ酷いのか今度食わせてよって約束を取り付け、家に行って用意されていたのは食パン。今からフレンチトーストでも作るつもりなのかな?と思って見ていれば、引かないでねと言った彼女は真剣な顔で真っ先にトースターの中へ二枚の食パンを入れた。次いで出しておいたレタスを手に取るのを横目に全てを察した。トースターのダイヤルを回し過ぎている。
「あの、えっと……無理して食べなくていいから」
「黒焦げの上に潰れた目玉焼き乗せる度胸はすげぇよ」
「え、えへへへ」
いつも失敗して食材を無駄にしてないんだろう。料理に慣れた手付きではあるのに要領の悪い彼女。いただきますと、でき上がったトーストを齧る。申し訳なさそうにする彼女の緊張が少し解けるのがわかり、またすぐに一口齧る。焦げたトーストは苦いのに、やたら美味しかった。
/ こんなお話いかがですかより
フロイドで「名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった」で始まり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わる話
back