ヴィル・シェーンハイトは着飾って現れた少女に目を奪われた。しかしそれは一瞬で、重心のブレや辿々しい歩き方、目に余る所作など見ていられなかった。服が泣いている。
クルーウェルに妖精のとは別のファッションショーに出すと言われた時は、"これ"をショーに出すなんて冗談でもあり得ないと思った。けれどクルーウェルから耳打ちされた言葉に、そういうことならレッスンして完璧に仕上げてやるという気になった。残る問題は本人のやる気だ。
「アンタはどうなの。本気でショーに出たいと思ってるの?」
「可能性があるのなら出たいです」
「その可能性を作るのは自分自身。努力の成果がそのままアンタの評価になるのよ。アタシは手を抜かないからアンタもちゃんとレッスンについてきなさい」
「はい!」
「good girl!いい返事だ。知り合いに話は通しておく。あとは一月後の評価に向けて努力するのみだ」
ヴィルもクルーウェルもミヤがショーで使い物になるように、一ヶ月間バックアップをしてくれることになった。ミヤをヴィルに任せて出ていくクルーウェルには目もくれず、ヴィルはミヤにボールルームを一周するよう言った。
10cmもあるピンヒールは立っているだけで足がぐらつきそうになって、一歩一歩前に進むのが怖くて足元を確認してしまう。よたよたと歩き出したところで、ヴィルが「視線はまっすぐ前、猫背になってるから確り肩を開いて頭のてっぺんから足の先、指の先まで意識して歩きなさい」と指摘された。
顔を上げ肩を開き、腹筋を意識した。すうっと一本筋が通ったような気がした。それから、一歩踏み出す。一歩、また一歩と足を出す。めちゃくちゃ怖かったが、まっすぐ前を見て歩いた方が足はぐらつかなかった。一周する間に何度もバランスを崩して足首をカクッと捻りそうになったけれど、なんとか怪我もなく一周することができた。
「分かってはいたけれど酷いウォーキングね。酔ったツルの方がもう少しマシなウォーキングが出来るわよ」
「うっ・・・頑張ります」
「当然ね・・・けれどアタシの言った事を意識しているのは分かったわ。しばらくは筋力アップのトレーニングをしましょう」
ミヤの現状は分かってはいたが酷いもので、筋肉をつけなければ話にならないような状態らしい。姿勢は悪くはないが良くもないため、脊柱起立筋を鍛える必要がある。これは一朝一夕で鍛えられるものではないが、ヴィルが考えたメニューをしっかりやれば悪くない結果にはなるだろう。
それから、腸腰筋と中臀筋というヒップアップに必要な筋肉を鍛える。決して垂れ下がった尻をしているわけではないが、若さゆえのものは維持できるよう鍛えておいた方がいい。最後に最も重要な脚だ。内転筋という内側の筋肉を鍛えるとハイヒールを履いた時など、重心がブレるのを防いでくれる。
クルーウェルが用意した衣装から動きやすい服に着替え、ヴィルに言われた筋力アップのトレーニング方法を実践しながら身体で覚えていく。やり方を身体に染み込ませるように、有酸素運動と休憩を入れながら10回ずつそれぞれ繰り返す。
「もっと腰を落として。そう、そこまでやったら元に戻る。それをあと10回繰り返して」
スクワットで、膝が90度になるまで腰を落とし切れていないと容赦なく魔法の鞭で膝を叩かれる。
「お尻の位置が下がってる。意識するのは足じゃなくて尻よ」
ハムストリングカールという、仰向けになりお尻を数センチ浮かせた状態で両膝の曲げ伸ばしをする。これは美尻効果のあるトレーニングで、足の裏に雑巾を敷いて滑りやすくしていても両脚同時には上手くいかない。お尻が下がる度に叩かれるのは本当に辛い。
「呼吸を止めてはダメ。呼吸と一緒に筋肉も意識しなさい。自分が今、どこを鍛えているのかをしっかり意識するのよ」
筋トレは正しいやり方でやらなければ意味がない。姿勢が崩れていたり力を入れる際に呼吸が止まっていると、すぐに指摘され矯正される。当然、潜入メンバーの指導を優先して見ているヴィルだが、ミヤの姿勢の崩れが余程目につくのかビシバシと容赦ない。
ダンスパフォーマンスでカリムとジャミルの息が合わない事や、姿勢が酷すぎて花瓶を身体に乗せて歩いているレオナを気にする余裕はミヤには無かった。様子を見にきたラギー達が、「なんで潜入しないミヤくんが一番キツそうなことやってんスか」とこぼすくらいハードなトレーニングだった。
それぞれのレッスンとトレーニングを終えて帰路につく。解散する時もヴィルは厳しく、普段から常に意識して歩くように全員に指示した。カリムとジャミルは言われた通り意識し、とても優雅に歩いていたが、レオナはそもそも矯正する気がないようで鏡舎までの道をいつも通り歩いている。ああいう歩き方を肩で風を切るというのかなと思いながら、よたよたとピンヒールに苦戦しながら歩く。
普段生活する上でヴィルから言われた決まり事は沢山あって、夜の7時以降に水分以外の物はとってはならない事や食べて良いもの悪いもの。お風呂上がりには必ずストレッチしなければならず、10時には必ず寝るように言われている。やることや決まり事が多くて頭がパンクしそうだが、ミヤは絶対にランウェイを歩くぞと気合を入れて夕飯に使う食材を刻んだ。
「この前モデルが見つからないって言ってただろ......そう、良さそうな仔犬を見つけた。
ああ、明日撮影して送る.........モデルじゃないからな......調教中だがやる気は十分だ。ははっ、楽しみに待っていてくれ。じゃあな」
クルーウェルは電話を切ると、また別なところへ電話をかけた。電話の相手は、平時より楽しそうなクルーウェルの声に随分機嫌が良さそうだなと感じていた。