いたずらな風に舞うポートレート

 ボールルームではカリムとジャミルが練習前のストレッチを行なっており、レオナは嫌々花瓶を頭に乗せてウォーキングしている。ミヤはボールルーム横のドレスルームでポートレート撮影のためのメイクをしてもらっている。デザイナーに写真を送ってイメージに合うかどうか審査してもらうらしい。一次審査のようなものだが、クルーウェル曰くデザイナーが探しているイメージに合うらしいので難しく考えるなと言われた。
 ミヤのメイクの仕上がりを見た撮影を買って出たルークは、持っていたカメラのシャッターを切った。メイクして垢抜けた自分の顔に見入っていたミヤはシャッター音に驚き、感動の余韻も無しにルークの詩的な褒め言葉を受けた。彼はヴィルのメイクの腕を褒めるのも忘れない。

「準備は出来ているようだな」
「ええ、あとは着替え終わってからメイクの微調整をするわ」

 これで完成じゃなかったのかとミヤは再び鏡に映る自分の顔を見た。普段日焼け止め程度しかやらない顔がコンシーラーやファンデーションで肌が均一に綺麗になっていて、アイブロウやアイラインでぼんやりした顔がハッキリしている。まつ毛なんかは、ビューラーの仕方が上手いのか綺麗にカールしていて目が1.5倍くらい大きい。そこにチークやリップの赤みが合わさり健康的な顔に見える。
 これがナチュラルメイクというやつで、きっと衣装に合わせて色を足して服に負けないような顔にしていくのかもしれない。プロのモデルさんってメイクの技術もすごいんだなぁとヴィルに感心していると、「さっさとしろ駄犬」とクルーウェルに頭をコツンと叩かれた。痛くはなかった。
 衣装選びはすぐに終わった。着てみた感想は意外と重い。シフォンとオーガンジーを使用したふんわりふわふわなワンピースは、透け感もあり風が吹くとふわあっと広がってとても軽やかだ。春の訪れを告げるような印象なのに、スカートの部分に何重にも生地が重ねてあって見た目の印象より重いのだ。
 ヴィルにメイクの手直しをしてもらい、いつものより僅かに低いハイヒールを履いて撮影場所へ向かう。学園の中庭で撮影するらしい。ヴィルからは「すれ違う生徒を観客だと思って堂々と歩きなさい」とメイク後に背中を押された。そう言った本人はレオナの指導に忙しく一緒には来られない。

「人払いも済んだ。ハント、ミヤ、撮影を始めるぞ」
「それじゃあ、ミヤくんには自然と戯れてもらおうか」

 中庭は、庭というだけあって緑が多い。芝生のような植物は人が通る場所だけ地面が見えていて、立派な木が数本植えられている。その下には生徒二人がゆったり座れるくらいのベンチが置かれていて、周囲には数種類の花が咲き誇っている。自然は豊富だが、戯れるとは一体どうすればいいのか分からずにその場に立ち尽くしてしまう。それでも、カシャカシャとルークはシャッターを切っている。
 とにかく歩いたり、しゃがんで花を眺めてみたが正解が分からない。表情が硬くなっていたようで、ルークから「かわいいねセ ミミ!ああ、緊張した顔も初々しくて実に良い!」という、たぶん激励をもらった。もらったところで表情が変わるわけではないため、口を挟むまいと思っていたクルーウェルが二人の様子を見かねて口を出した。どうやら、しゃがむのは衣装にシワがつく上に全体の雰囲気が崩れるためNGだったようだ。

「そこに立て。いいか動くなよ」

 日当たりのいい木のそばに立つように言われて動かずにいると、クルーウェルがミヤの腕を掴む。あれよあれよという間に勝手にポージングされていく。口で言っても分からないと思っての行動だろうし、そこに異論はない。洋服を着せられたマネキンのように腕の位置から爪先の角度、顔の向きまで細かく指示され、恥ずかしさを感じる事が恥だというような真剣さだった。
 作られたポーズを維持したまま撮影が再開した。クルーウェルにポーズはそのままに力を抜くよう言われたり、目力が足りないとか口元が堅いという指摘を受けながら、ルークがシャッターを切っていく。言われたように直しているつもりでもクルーウェルの表情を見れば、上手くいっていないのは明白だった。

「わっ、」
「おっと」

 突風が中庭に吹き込み、物を巻き上げるように去っていった。咄嗟のことに瞼を閉じ裾を抑えた。クルーウェルに作られたポーズが一瞬で崩れる。そのことに気付いたミヤは、姿勢が崩れる度に魔法の鞭で叩いてきたヴィルを思い出して血の気が引いた。ヴィル同様にファッションに真剣なクルーウェルが怒らないはずがないからだ。
 俯いたままのミヤの頭上に影が差し、黒い靴先が視界に入った。きっと怒っているんだろうなと、恐る恐る顔を上げると真顔のクルーウェルが立っており恐怖で顔が引き攣った。

「もう少し木の近くに立って、脚は少し開く。そう、その幅で爪先は少し外に向けろ」
「は、はい」
「姿勢を正してまっすぐ前を見ろ。肩を開いて、腕の力は抜くように・・・いいか、そのまま何があっても動くなよ」
「はい」
「いいお返事だ。・・・ふっ、口元が堅いぞ、もっと力を抜いた方がいい」

 風で乱れた裾や袖口を整え懐から出した櫛でミヤの髪を梳くと、クルーウェルはふっと微笑んだ。ミヤはハッとした。人の顔をジロジロみる習慣なんてないし、クルーウェルの顔を意識して見たことが無かったので今まで気付かなかったが、とても整った顔をしていた。そんな人の微笑みを間近で見てしまったせいか、何だかむずむずする。
 ルークの合図でミヤは視線をクルーウェルからカメラに向けた。不思議とさっきまでの緊張は感じない。その事に安堵し唇の力が抜けた気がする。その瞬間、再び風が吹いた。ふわっとした優しい風にミヤは魔法だと感じた。先程のクルーウェルの言葉を思い出し、裾がふわりと持ち上がろうが動くことはせずカメラの向こうにいるルークを見つめ続けた。