美容の鬼と甘やかす兄

 ポートレート撮影は上手くいった。風の魔法の効果が上手く作用して衣装の柔らかさが引き立ち、ミヤ自身も見たことのないようなアンニュイな表情をしていて少し恥ずかしくなった。カメラを構えていたルークには「マーベラス!君の眩しい空のような瞳に見つめられて自分の役目を忘れてしまうところだったよ」とか、「様々な情景に揺れる君の表情をもっと見ていたいと思う素晴らしい撮影だった」とか恥ずかしくなるようなことを言われてしまった。
 その写真を送るとすぐに『採用』という返答が来た。当然だとでも言うように頷いた二人とは裏腹に信じられないミヤがいた。ウォーキングやポージングに関しては、クルーウェルやモデルのヴィルが指導していると聞いて会えるのを楽しみにしているとまで言われてしまい、引く気など無かったが、デザイナーさんに会うまで徹底的に自分を作り替えなければならないと、改めて気を引き締めてトレーニングを行った。

「昨日メイクをした時にも言ったけど、肌の状態が良くないわ」
「一応、購買部で買った化粧品を使ってるんですけど」
「あのねぇ、化粧品は使えば良いってもんじゃないのよ。自分の肌に合っていないと意味ないの」
「まさか、全部買って試すんですか?結構種類ありますけど・・・」
「バカねぇ、今からアンタに合うのを作るのよ」

 腰に手を当てたヴィルが当然のように作ると言い切った。ミヤは化粧品なんか作ったことも作ろうと思ったことも無かったので驚いた。もちろん作れる事に驚いたわけじゃなく、化粧品まで自分に合ったものを作るというヴィルの美意識の高さに改めて驚いたのである。プロモデルの努力の結晶が今目の前にいるヴィルなのだと、まじまじとその肌の美しさを見てしまい「他人の肌を見たって綺麗にはならないわよ」と呆れられた。
 買うものは決まっているようで、サムに欲しいものを伝えると倉庫に消えて直ぐに持って来てくれた。いろいろな種類の植物を頼んでいたが、全て揃った。それも乾燥させたものから液状になったものまで全て。さすが何でも揃えていると感心しながら、ポムフィオーレ寮の地下にある実験室に行くと言うヴィルについて購買部を出る。

「おっと、すまない」
「あら、トレイ。そんなに慌てて珍しいじゃない」
「ちょっと、な」
「どうせリドルのわがままに振り回されてるんでしょう」
「はは、そんなところだ」
「それじゃ、アタシ達も急いでるから」
「ああ・・・あっそうだミヤ。明日、予定が無かったらハーツラビュルに来ないか?"なんでもない日"のパーティーなんだ。明日は誕生日じゃないだろ?」
「わあっ行きたいです!」
「ダメよ。この子は今大事な時期なの。糖質と脂質の過剰摂取はNGよ!」
「残念だな、リドルが喜ぶかと思ったんだが」
「ご機嫌取りなら自分の寮内でなんとかしなさい」
「手厳しいな」

 ヴィルは、行くわよと言うとトレイに背を向けて鏡舎へ歩き出してしまった。ミヤはトレイに謝ってからヴィルを追いかける。ああ、甘いものが食べたかったと心の中で嘆いたけれど、こんな簡単に誘惑に負けてしまうなんて情けない。ミヤはヴィルに誘惑に負けた事を指摘される前に反省し謝罪を口にした。すると分かってるなら次から気をつけるように、あと謝るのは自分に対してだと言われた。誘惑に勝つのも努力するのも自分の為なんだからという、ありがたい言葉をいただいた。それからトレイは人を堕落させるプロだから気を付けろと言われた。家族内ではお兄ちゃんらしいから弟妹を可愛がるように他人を甘やかす癖が染み付いているのかもしれない。それにしても、過去に何かあったのかと勘繰ってしまうほど説得力のある言い方だった。
 ポムフィオーレ寮の地下には寮生専用の実験室があった。授業で使う実験室ほど広くは無いが、棚には様々な薬品が並んでいるし地下でも換気が出来るようになっていた。ヴィルは物珍しい様子で見ているミヤに椅子に座るように言うと、スマホを向け頬やおでこなどにかざしていく。何をしているかとても不思議だったが、現在の肌の状態を見ていたらしく乾燥が目立つから潤いの効果を高めに作ると言われた。
 メイクに使用した時にこっそり肌質をチェックする用のクリームをつけられていたことはさておき、ヴィルが横で作るのを見ながら同じように一つの手順も間違えないように真似ていく。ホグワーツでの魔法薬学の授業を思い出す。刻むたびに汁が飛び散って教室内にとんでもない異臭が充満して、みんな泡頭呪文で顔を覆って授業したなあなんて考えていたら鍋が沸騰する所だった。

「考え事しながらなんて随分余裕ね」
「すみません。ホグワーツの魔法薬学の授業を思い出して」
「そう、それで今必要なことは思い出せた?」
「・・・繊細で緻密、故によそ見厳禁」
「本当にね、危うくダメになる所だったわ。わかったら早く冷やしなさい」

 化粧水と乳液は無事完成しヴィルと地下室から出ると、入れ違いで寮生が数人地下へ降りて行った。この学園はホグワーツと違って寮が校舎と別に存在するため、それぞれの寮にキッチンやシャワー室などが備えられている。さらに、ハーツラビュルには薔薇の庭園、サバナクローにはマジフト場など寮の特色を表したような施設がある。ポムフィオーレは個々の美意識が高いらしく、それを表したのがボールルームだろう。では、地下の実験室は何なのだろうか。
 ヴィルに訊ねると、薬学や呪いが得意な生徒が多く寮長は誰よりも毒薬を作るのが得意な生徒がなるという伝統まであるという。呪いという言葉に胸の奥にある小さな棘を刺激されたけれど、それを流すように唾を飲み込んだ。それよりもヴィルが寮長ということは、彼は寮内の誰よりも協力な毒薬を作れるということだ。敵に回すとなんて怖い人ばかりの学園だろうか。

「まさか、化粧品が毒だなんて思ってないわよね」
「え、全く疑ってませんけど」
「そうよね、だとしたらとんでもない屈辱だわ。私は美に対して真剣に取り組んでいるんだから」
「そうですよね」
「敵でない限りはしないわよ」

 美人が言うと恐ろしさ5割増しになるとヴィルを見ながら顔を引き攣らせた。