白い羽毛はふわりと流されて

 レオナたちが妖精から大切な魔法石を奪還してくれたおかげで、学園内の空調は元通りになり授業が再開された。学園がいつも通りになった所でミヤのルーティンは変わらない。ヴィルに言われたメニューをこなして体を作り替え、デザイナーやヘアメイクとの打ち合わせやリハーサルを行って本番になる。
 ミヤはボールルームでいつも通りウォーキング練習のためヒールに履き替えた。スイッチを切り替えるように前方に視線を投げ、歩き出す。あと1周で今日のメニューが終わるというところで、部屋に入ってきたクルーウェルに声をかけられた。2週間後に控えた本番で良いパフォーマンスをするため、打ち合わせまでの1週間で様々な衣装を着ての実践的なウォーキングをするという。

「いいな、よく似合っている」
「ありがとうございます」
「・・・もう少しタイトな服もいけそうだな」
「あんまりジロジロ見ないでください、やりづらいです」
「なんだ?本番は今の100倍は見られるんだぞ、俺一人で緊張してどうする」
「いや、なんていうか・・・なんでもないです」

 デザイナーがミヤに着てもらいたいと言った雰囲気に合う衣装をクルーウェルが用意した。それは、ポートレート撮影の時に着たような優しい色合いのふんわりした衣装が多かった。こういう衣装が似合うモデルが少ないから本番まで1ヶ月という時期にモデルが決まっていないのかもしれない。
 ウォーキングの最中ずっとクルーウェルの視線を浴びて、最初は居心地が悪く緊張していたミヤだったが見られているなら見せつけてやるという気持ちが出て来た。ウォーキング練習を終えたところで「Good girl!」とクルーウェルに頭を撫でられたミヤは、真剣にやって良かったと嬉しさを感じていた。

「ボクはべゲット・スワン」
「ミヤです。よろしくお願いします」
「フィッティングするからおいで」
「はい」

 ヴィルの厳しい指導の下トレーニングを行い、僅か1ヶ月でショーに出られるレベルになった。それもこれもヴィルの特訓やクルーウェルの補助があってこそ、ここまで仕上げることができた。二人にはとても感謝しているし、自分を合格としてくれたべゲットにも感謝した。
 男性デザイナーのべゲットは、ミヤをドレスルールに連れて行くと颯爽と出口へ引き返した。着替えやヘアメイクは、既に部屋で待機していた人達が行うのだろう。二人と目が合い、お互いに挨拶をする。メイク担当はトカドーラ・フークス、ヘアアレンジ担当はメイリーナ・ハールというらしい。挨拶もそこそこに、大きな鏡台の前に座らされるとヘアメイクが同時進行で行われる。同時に行っているのに全くお互いの邪魔になっていないばかりか、手際良く作られているので驚きと感動で鏡から目を逸らせなかった。

「ふぅん、スリーサイズは聞いてたけれど随分絞れたんだね」
「絞りすぎたか?」
「全く問題ない。今のは褒め言葉」

 メイクをしてから衣装を合わせ再びメイクを直すという行程はポートレート撮影をした時と同じだった。ただ違ったのは、ミヤの体に合わせてその場で衣装を手直ししている所だ。プロってすごいなと、未知の世界にただただ感動していた。衣装を合わせ終えると実際に歩いてみるよう言われた。ヴィルとの特訓を思い出し頭でイメージする。歩いた時の裾の広がりや揺れ、どう動けば服が生き魅力的に見えるか。
 何度かデザイナーに向かって歩いては戻るというウォーキングを行うと、早々に止めるよう言われた。何か問題でもあったのかと不安が胸を押しつぶそうとするが、特に直す必要も無いから止められただけだった。視線の先にいたクルーウェルと目が合い、口角を上げたのを見てホッとする。
 安心したのも束の間で、何故か衣装を着替えるとメイクをした顔を綺麗さっぱり落とされた。確かにあの顔で学園に戻るのは良くないかもしれないが、もう少し普段しないメイクをされた顔でいたかったと残念に思っていると、再び衣装を着せられた。今度はイメージが90度くらい変わって、ふんわりしつつも肩や太ももの一部が透けるような素材で作られた少し大人な衣装だった。

「こういうのもいいな。似合う」
「キミとヴィルくんには感謝するよ」
「俺はただ見つけただけだ。それより、相手とはいつ合わせるんだ」
「ああ、彼は忙しいからね明後日を予定してる。それも3時間しかない」
「それはそれは、お忙しいことだな」
「仕事もあるけど、まだ学生だからね」
「それはこっも同じだ。4日後に2時間だけ時間を作れるようだ」

 フィッティングが終わり、衣装を脱がされながらカーテンの向こうでのやり取りに耳を疑った。相手?彼?学生?べゲットとクルーウェルの口から発せられる言葉一つ一つに疑問しか浮かばない。来てきた服に着替え終わったミヤは、作り込んだ髪を戻していくメイリーナに相手とは何かと訊いた。
 今回のショーは『調和の美』がコンセプトで、Y字のランウェイを左右からそれぞれのモデルが歩き出し中央で交わる。そこで調和が生まれ共に客席に向かって美を見せ、出てきた方とは逆に戻る。一般的なショーとは少し異なった演出をするらしい。
 そんな事は知らされていなかったミヤは、帰り道でクルーウェルを問い詰めた。知らなくてもレッスンは出来るし、余計な情報を与えない方が上手くいくと敢えて教えていなかったようだ。努力の結果が評価されていると分かってはいるが、未知の世界に飛び込むミヤは自信がない。

「そんな......誰かと合わせなきゃいけないなんて不安しかありません」
「そう鳴く必要はないだろう。本番で失敗しないための打ち合わせとリハーサルだ」
「私のような未経験な人間、鼻で笑われてしまいそうです」
「なんだと?」

 クルーウェルの温度の下がった声に、しまったと思うやいなや教鞭のような杖で顎を強制的に上げさせられた。視線の先には眉を釣り上げたクルーウェルの顔がある。ショーに出るモデルとしてのミヤはクルーウェル達が作り上げたも同然で、自分を卑下するという事は彼らを卑下するのと同等だ。
 さらに、自信のなさは顔に出るだけでなくウォーキングや雰囲気などに出てしまい、観客にも当然伝わる。ランウェイを歩くモデルとしては致命的なミス、いやそもそもそんなモデルは起用されない。デザイナーである彼らを失望させることになる。

「すみません。もう言いませんし、考えもしません」
「そうだ。お前はこのクルーウェル様が見つけたモデルで、磨き上げられたボディは誰に笑われる事もない。自信を持て、いいな」
「はい」

 良いお返事だと表情を和らげたクルーウェルに解放されると、深く息を吐いた。美人の怒った顔は迫力も一入でとても緊張する。未だにどきどきしている胸に手を当て、もう一度、大きく深呼吸をした。