柔らかな新雪のなかに見ゆ

「初めまして、ネージュ・リュバンシェです」

 一緒にランウェイを歩く相手との打ち合わせに来たミヤは、目の前にいる美少年に目が釘付けになりヴィルが見たら背中を鞭で引っ叩くだろう間抜けな顔になっていた。黒曜石のように艶のある癖毛が肌の白さと美しさを際立たせており、血色の良い頬は瑞々しくほんのり色付いている。
 ヴィルの代わりにクルーウェルに背中を叩かれ慌てて自己紹介をすると、時間がないからとテキパキと顔と髪型が作られていく。鏡に映る自分は見違えるほど綺麗になったし、メイクされている間も姿勢が崩れない。自分に自信が持てるほどだというのに、ちらりと横でメイクされているネージュを見ると本当にこの人と一緒に歩いていいんだろうかと、自信が揺らぐ。
 全身を武装するようにセットが完了して、再び正面から準備を終えたネージュを見たら自信が削り取られた。ショーのコンセプトの調和という言葉が頭の中で崩れていく。調和とは一体何なのだろう、着飾った彼と私がステージ上で調和することなどあり得ないと天と地ほどの差を感じた。

 とりあえず調和をイメージして歩くよう言われて歩いたけれど、なんかもう緊張で頭の中が真っ白になってしまった。それは当然ウォーキングにも現れる。デザイナーのべゲットと推薦したクルーウェルが苦い顔をしている。
 ミヤが固まってしまったせいで流れていた音楽のボリュームが下がり、クルーウェルがべゲットに「少し躾直す時間を貰う」と話している声が耳に入った。彼らを失望させてしまったと自信も無くし、ここに立つ資格すらもうないのかもしれないと肩を落とす。視界に入った隣に立つ少年はミヤとは対照的に可愛らしく笑っている。

「すごいですね!マネージャーさんからは未経験だって聞いていたのに全然そんなの感じませんでした!」

 ネージュの裏表のない純真な瞳で真っ直ぐミヤを見て発せられたよく通る声が会場内に行き渡った。ミヤやデザイナー達の動向を窺っていた他のスタッフや、話していたべゲットとクルーウェルも会話をやめてネージュを見た。
 彼は自分に全員の視線が注がれているのなんて全く気にする事なく、ミヤを褒め始めた。悪くなる空気を感じ和ませるために言っているのではないかと考えたミヤは、一瞬でその考えを改めた。ネージュの瞳は本当に真っ直ぐで裏があるとか、ミヤの気持ちを前向きにする為なんていう思惑さえなさそうだ。ネージュはただ、単純に練習の切れ目に自分が感じた事をミヤにお喋りしているだけの様に見えた。

「僕が初めて舞台に上がった時はとても緊張してしまって・・・笑っているくらいしか出来ませんでした。それなのに、貴方は堂々とステージ上を歩いてポージングもしていて賞賛ものですよ」
「ネージュさんはその、とても前向きなんですね。そんな貴方との調和のイメージが持てなくて、私は自信を失くしています。どうすればいいんでしょう」
「実は、僕もある方からアドバイスをいただいた事があるんですよ」

 人差し指をぴんと立て、にこにこと笑いながらネージュはある方からいただいたという言葉をそのまま話した。『誰かを演じるのは人生を演じるのと同じ。どんな端役だろうと人生があるの。その役の人生を想像し、生い立ちをも想像して役として生きなさい』
 ネージュは、その言葉にとても感銘を受けた。この人はその言葉通りにやって、成功してきたのだろう。けれどミヤは役者じゃない。役も何も無い。ここに立つのはミヤ自身でモデルとは無縁な人生だった。それが、成り行きでランウェイを歩くことになっただけだ。

「・・・これは自分でやると決めた事なんですよ。だから、最後までちゃんと自分の役目を果たします」
「そうですね!僕もちゃんとモデルとして頑張ります」
「私も、ランウェイを歩く時は"モデル"としてのミヤになってみます」

 そこからの撮影は、ネージュと一緒に調和を作るようにべゲットの意見も入れつつ、ポージングについて打ち合わせをした。ネージュは可愛らしい印象そのままに、ミヤは服の柔らかさとは逆にポージングはシャープな印象を持たせることで服の軽やかさを際立たせる事に決まった。
 恙無く打ち合わせとリハーサルが終了する頃、次の予定があるからとネージュは慌ただしく着替えて次の現場へ向かう。帰り際ネージュから本番も楽しくやりましょうと可愛らしい笑顔で激励をもらったミヤは、胸の奥がぽやぽやと暖かい春の日差しを浴びたような感じがしていた。

「今日はよろしく、ミヤ」
「ヴィルさん!えっもう一人の相手ってヴィルさん?」
「そうよ、言ってなかったかしら?」

 いつも学園を出る時はクルーウェルが同行していたが、今日は珍しくヴィルと一緒だった。クルーウェルは「"駄犬の補修"で一緒に行けない。今日はシェーンハイトと二人で行ってくれ」とだけ言っていたため、ミヤはただの同行者だと思っていた。
 相手と言っても、ヴィルの場合はランウェイは歩かない。雑誌の撮影だ。なんでも、ヴィルと一緒に撮影するはずだったモデルが突然"ヴィルの隣には立てない"と仕事を断ってしまったらしい。そこで、撮影で使用する衣装をデザインしたべゲットが勝手にミヤを起用したのた。べゲットの基準を満たしたということもあるが、スケジュールが合わせやすいというのが大きな要因だろう。
 決まってしまった事はどうしようもないので腹を括るしかない。幸いネージュと違って初対面では無いし、ヴィルは自分の実力と努力を理解してくれている。だから緊張する必要はないと自分に言い聞かせて、スタジオ内に入った。

「あら、アンタ見違えたわね。ヘアメイクの腕がいいのかしら」
「そうですね」
「何その変な顔、これから撮影なんだからもっと気合を入れなさい」
「がんばります」

 緊張は前回の2倍になった。ネージュとは正反対のような衣装は、大人の魅力溢れるクールで少しダークな印象がある。さらに美しい顔と均整の取れた体型や、自分の魅力を理解し美しく見せられるヴィルの前ではたった一回の経験値など何の役にも立たなかった。簡単に言ってしまうと、美人過ぎて自分がただの背景になりそうだとミヤは感じていた。
 呆然と自分を見るミヤに「アタシが美しいのは当然でしょ。その隣に立つのを許されたんだから光栄に思いなさい」と自身家のセリフを言う。それにはスタジオ内の全員がヴィルが美しいのは当然だと思って心の中で頷いた。更に緊張が増すかと思われたミヤだが、ネージュが言われたという言葉を思い出し不思議と緊張が解れた。
 そこからの撮影はスムーズに進んだ。ミヤは自分の役目を果たそうとカメラマンの指示に従って、自分が今どう見えているかを客観的に考えながら何枚も撮影した。撮影自体は5分掛かったかどうかというほどの短さであった。

「アタシの添え物程度にはなったんじゃないかしら」
「それならよかったです」
「褒めてはいるけど、向上心のない子ね」
「自分はヴィルさんの添え物で衣装の魅力を伝えたい一心で取り組んでいたので、最高の褒め言葉なんです」
「ずいぶん物の考え方が変わったようだけど誰かの入れ知恵?」
「はい、ネージュさんと撮影した時に」

 ネージュの名前を出した瞬間ヴィルが厳しい目をしたため、しどろもどろになりながらネージュから教わったアドバイスの話をした。ミヤはヴィルの凍りつくような視線や一瞬で周囲の空気が冷えた心地に、魔法でも使われたんじゃないかと身も凍るような気がしていた。
 ヴィルはミヤの話を聞くと、はあっとため息を吐くと怒ってないから怯えるのはやめるように言って学園へ戻る鏡をすり抜けた。ドキドキがおさまらないミヤは別れるまで緊張の糸が切れる事はなかった。

「ああ、さっきのアンタが言ってたアドバイスだけど」
「はい」
「それアタシが彼に言った言葉なの」
「えっ、二人はお知り合いだったんですか」
「何年か前の撮影でね、ガチガチになってたから撮影に支障が出ると思って言ったのよ」

 ヴィルは自分の為のように話すが、それが彼と彼女の緊張を解き成功へと導いたのは間違いない。ミヤはどんな場面でも他者に影響を与えるヴィルの外見だけじゃない、内面の魅力というものに憧憬のような強い感情を抱き始めた。