はじまりの名を知らぬ


自分たちの関係を簡潔に表すのなら、審神者と刀剣男士。人と刀。どう表現したって、それ以上でも以下でもない
きっとそれ以上は望むべきではないと思っている



「主、君に文が届いていたぞ」

膝丸は白と黒のシャツ姿で、縁側でぼーっとしていた審神者に声を掛けた。予期しない膝丸の登場に心臓が跳ねた
彼には近侍として部隊編成の相談や政府への書類整理などの事務作業を手伝ってもらうことがあるが、今日は非番だったはずだ

「休んでていいんだよ」
「何かしていないと落ち着かなくてな。君を訪ねた時に丁度届いたようだ」

政府からの指令はこんのすけを通して受け取ることもあるが、メールで届くこともある。その着信音を聞いたのだろう
なかなか執務室に戻ろうとしない私に、行かないのかと問いかけてくる。
もう少しここで休むと伝えると、そうかと呟いて私のすぐ隣に腰を下ろした。思ってもない行動に動揺してちょっとだけ彼との間隔を空けた
仕事時は、さして意識することはないが休憩時はどうしても意識してしまう。審神者は膝丸を男性として意識してしまっている
変に思われていないか、ちらりと視線を向けるが特に気にしていない様子に安堵した。とはいっても彼は私の前ではあまり感情をあらわにしないので分からないのだが

「何か気掛かりでもあるのか。最近よくここで呆けているが」

盗み見るように見ていると気遣わしげに見てくる膝丸と目が合い胸がきゅっと詰まる思いがした



戦闘時の勇ましさ。凛々しい目付き。私に見せてくれる表情は、どれも刀剣男士としてのそれで。兄の髭切はもちろん、他の男士が相手だともっと表情豊かなのは知っている
当然だろう。私は審神者で主で。
最初は慣れだろうと思っていた。けれど、いつまでも彼の態度が変わらないまま1年が経った。もっといろんな表情を見せてほしい
どうしたら、どうやって、どうして。毎日膝丸を見るたびに自分にもっといろいろな表情を見せて欲しいと思うようになった
思いが強くなるにつれて膝丸を見る回数が増えていったのだろう。ある日、弟に懸想しているのかと髭切に言われてしまい体中の血液が一気に冷え心臓が酷く重く感じた
その時初めて自分の気持ちを自覚したのだ
髭切の問いに何て答えたのかは覚えていない。上手く言葉になっていなかったような気もする。ただ、髭切が柔らかく微笑んでいたのは覚えている
その翌日の近侍は膝丸だった。執務中も意識してしまい身が入らなかったり、会話も上の空になってしまった

「...主、少し休憩にしよう」

茶を持ってくると言い席を立つ膝丸の背中を呆然と見送った。私は一体何をやっているのか。
突然自覚させられた気持ちに動揺し、浮つき、仕事が手につかなくなるなんて恥ずかしい。真面目で誠実な彼を前にこんな醜態を晒してしまった。執務室で内省していると膝丸が盆を持って戻ってきた
この休憩が終わったら、きちんと仕事をしよう。せめて仕事中だけはこの気持ちに蓋をしよう。こんな恥ずかしい姿は二度と膝丸に見せない
ありがとうと礼を言ってお茶を飲んだ。おいしい。胸が熱くなった



「本当に大丈夫か」

ほんの数日前の出来事を思い返していると、膝丸が反応のない私に何を思ってか手を伸ばしてきた。我に返り彼に向って両手を小さく振り大丈夫だと必死にアピールした
納得していないような表情をしつつも伸ばしかけていた手を引いてくれた。とても焦った。ドキドキが治まらない。顔が赤くなっているかもしれない。変な顔してたらどうしよう。不安と緊張で自分の足元ばかり見てしまう

「君の心を苛んでいるのは何だ。俺でよければ聞くが」
「別に悩みなんてないよ」
「俺では力不足か」
「そんなことは」
「であれば教えてくれ。君の浮かない顔は見たくない」

心配してくれる膝丸の優しさで、心が温かくなる。けれど、悩みを打ち明けると言うことはどんなに抽象的に言っても膝丸に想いを告げるようなものだ

「膝丸には言えない」

膝丸は一瞬目を丸くすると、口元をきゅっと引き結び眉間にシワが寄った。せっかく心配してくれた膝丸を突っぱねてしまった

「そう、か」

自分でもこんな言い方はあんまりだと思った。膝丸自身を拒絶したわけではないのに理由が言えないので勘違いさせてしまう

「...ひざまる」

膝丸はこちらを見てくれない。いろんな表情を見せて欲しいと思ってはいるけど、先程一瞬見せた傷付いたような表情を見たいわけじゃない。そもそも傷付いた表情なのか。ただ好意を無下にされて不快になったのだろうか。何にせよ良い感情ではない。私がそうさせた
何とか釈明する事ができないかと、膝丸の腕に手を伸ばした

「あるじ」
「ひぇっ」

急に後方から声がして心臓が飛び上がり咄嗟に目の前の腕にしがみついた。声のした後ろを見れば髭切が驚き過ぎだと笑っている
自分でもびっくりし過ぎだと思う。まだ心臓がばくばくいっている。俯いて大きい息を吐いた

「あ、ご、ごめんなさい」

少し落ち着いたところで再び慌てることになった。膝丸の細くも逞しい二の腕に縋り付くように掴んでいたのだ。慌てて膝丸の腕を離す。醜態だ。恥ずかしすぎて膝丸の顔が見れない

「...君が気にする事はない。今日の近侍は兄者だったな。俺はもう行く。兄者、主を頼む」

膝丸も慌てた様子で顔をそむけ矢継ぎ早に私と髭切に挨拶し去っていった。髭切は膝丸がいた方とは反対側に座り、いつも以上ににこにこと笑っている

「弟の顔見た?」

自分のうるさい心臓を抑えるばかりで全く見ていなかった。一体どんな顔をしていたのだろうか

「今の君と同じような顔をしていたよ」

まさかそんな筈はないと振り返ると髭切と目が合った。相手の心の内を探るような視線に心がざわつくのに、捕らえられているように逸らせない。これ以上、膝丸と同じ瞳で見ないで

「ねえ、どうしてだろうね」


title by : ユリ柩


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