初めて感じた人生の温もり


武装探偵社の一員である私は今、敦さんの隣の席で昨日解決した仕事の報告書を作成している。
今日は珍しく報告書の作成のタイミングが合っただけで、並んで仕事をする事なんてほとんど無い。今日は敦さんをランチに誘う絶好の機会だ。

「あ、あの敦さん。報告書は進みましたか?」
「まあまあかな。苦手なんだよね、こういうの」
「そ、そうなんですね。わ、私もあんまり進まなくて」
「ああホントだ。難しいお仕事だったんだね…そろそろお昼だし休憩にしない?」
「は、ははい!」

朝、敦さんを見かけてからずっと機会を伺っていて報告書はほぼ白紙だけど、お昼間近になって声を掛けて良かった。
なんだか気を遣わせてしまったな…自分から誘うつもりだったから、敦さんからランチの誘いが来るなんて緊張が増してしまった。

社員のみんな大好き"うずまき"でお昼を食べることになった。
オムライスもいいな、ナポリタンは昨日食べたけど今日も食べちゃおうかなと目移りしてしまってなかなか決まらない。
顔を上げて敦さんを見るともう注文が決まったのかメニューから顔を上げた敦さんと目が合ってしまった。

慌てて逸らしたけど、逆に不自然だったよねと顔を上げ直して敦さんをしっかり見る。
大丈夫。いつも通りの穏やかな表情の敦さんだ。変に思われていない様子にホッと胸を撫で下ろした。

「名前ちゃん、注文は決まった?」
「へい、えっえーとコレにします」

名前を呼ばれて動揺し、はいって言うつもりがへいになっちゃって敦さんにくすくす笑われた。恥ずかしい。それなのに敦さんの笑顔が見られて少し嬉しいなんて思ってる。
焦って適当に指差したのが昨日と同じナポリタンだったけれど、いつもと変わらず美味しいので満足である。
敦さんと他愛もない話をしながら楽しいランチタイムを過ごした。

「おや、敦くんも隅に置けないね」
「?何のことですか」
「またまた〜とぼけちゃって」

食後のジュースを飲みながら、そろそろ社に戻ろうかと話していたところ太宰さんが来店した。そして、敦さんに絡んでいる。
この人を私は少し苦手に感じている。状況を正しく理解しながらも茶化してきたり、面白おかしく場の雰囲気を作ったりするからだ。
口下手で、上手く言葉に出来なかった私を揶揄って遊ぶ。私の反応を見て楽しんでいる。そういう目をして見つめてくるから、この人の前ではあまり口を開きたくない。

とっても楽しい時間を過ごしていたのに、ちょっと憂鬱な気分になってきた。私に敦さんを引っ張ってこの場を後にする勇気があれば。
いや、そもそも私がこんな吃ったり上手く気持ちを言葉に出来るならこんな思いになっていないのに。

「仲良くランチデートだろ?私も先程美人さんを誘ったのだけど、断られてしまってね。非常に残念だよ」
「どうせ心中の誘いもしたんでしょう?」
「本懐を遂げるのに女性を誘うのは当然だろう」

太宰さんの冗談か本気か分からない言い方も苦手。仲良くランチデートだなんて、今の私達ってそういう風に見えているんだろうか。
私はとっても嬉しいけれど、敦さんは迷惑かもしれない。自分だけ舞い上がるなんて恥ずかしいからやめて欲しい。
敦さんは否定しなかったけれど、太宰さんの言葉を冗談だと思って軽く受け流しているだけなんだと思う。はっきりと否定されないだけ良しとしよう。
敦さんは太宰さんの紹介で入社したって聞いている。だから、太宰さんの本気と冗談の区別がついているのかもしれない。すごいなぁ敦さんは。

「名前ちゃん大丈夫?さっきからずっと俯いてるけど、具合悪くなっちゃった?」
「な、何でもないです。大丈夫です。げ、元気いっぱいです!」
「そう?…僕なんかとデートだなんてごめんね。ちゃんと否定すれば良かったかな」
「や、やめてください」
「え、」
「あっ、えっと太宰さんも冗談でしょうから。否定すると、その、エスカレートするだろうし」
「そうだよね。太宰さんならそうなると僕も思う」
「私がなんだって?」
「ぅひぃ」

もう居なくなったと思っていた太宰さんは敦さんの後ろのソファー席にいて、バッチリ会話を聞かれていた。
店内に入って来たからには席に着いて食事をするんだろうから当然だろうに。そこまで気が回らなかった。
じっとりと見てくる太宰さんに気が動転した私はごめんなさいと謝罪すると、食事代を置いて店を出た。
敦さんが慌てた声で呼び止めて来たけれど、無視してしまった。ごめんなさい。

それよりも、変な事を言ってしまった。デートを否定して欲しくなかったなんて、まるで自分はデートのつもりだって言ってるようなものだ。
その時の敦さんなんて呆気に取られたようにポカンとした顔をしていた。
直ぐにそういう意味じゃ無いって否定したけれど、しどろもどろだったから変に思われたかもしれない。
それでも、私の気持ちを知られてしまったら今まで通りに接してくれないかもしれない。そう思うと、変な言い方になっても誤魔化したのは正解だろう。

ただ、やっぱり頭の中がその事でいっぱいで報告書が進まなかった。
依頼の調査から戻った国木田さんに諄諄くどくどとお説教されてしまったのは悲しい。
お説教の最後に「恋愛は自由だが恋にうつつを抜かして仕事を疎かにするなよ」と言われて驚いた。
私が恋をしているってことが"あの"国木田さんに知られているなんて思わなかったからだ。

最初に気付いてコソコソっと話をしたのはナオミちゃん。真っ先に気付いたのは乱歩さんだろうけれど、あの人は興味のない事は詮索してこないみたいで何も言われた事がない。
与謝野女医せんせいも谷崎さんも気付いて温かい目で見てくれる。太宰さんは何かと揶揄ってくるのでやめて欲しいと心底思ってる。

賢治くんには「今日は敦さんお休みだから寂しいですね」なんて言われたことがある。
確かにちょっと寂しかったけれど、何でそう思ったのか聞いたら「名前さんと敦さん仲良しだから」って言われて赤面してしまった。
たとえ賢治くんが私の恋愛感情に気付いていなくても、そういう風に見られている可能性を感じて顔が熱くなったのは記憶に新しい。
他の社員と比べて国木田さんは恋愛に疎いと思っていたのに意外だなって回想に耽っていたら、国木田さんに鋭い視線を向けられたので慌てて机に向き直った。

せっかくの敦さんとの昼食を楽しんでたっていうのに、太宰さんが来てから楽しく無くなってしまった。
全くあの人が来なければ敦さんを置いてけぼりにはしなかったし、報告書が進まず国木田さんに叱られる事も無かった。
太宰さんはいつも他人の事を揶揄って遊ぶんだから!ふざけたフリして仕事が出来るのも鼻につく。
ここまで想定して敦さんに絡んだのでは?そうまでして私を揶揄って遊びたいのかあの人は!もうちょっと真面な頭の使い方をして欲しい。

太宰さんへの理不尽な怒りを力に報告書を仕上げた。ちょっと報告書の語気が強くなってるかもしれないけれど、内容に問題はないから大丈夫だろう。
両手を組んでぐぐっと伸びをした。事務作業で詰まっていた背骨が伸びる感じがする。

「あ、名前ちゃんも終わったの?」
「ひっはい。終わりました。終わって、よかったです」
「さっき国木田さんに怒られてたもんね、お疲れさま」
「お、おおお疲れ様です。敦さんも」

仕事終わりに敦さんから労いの言葉を掛けてもらい、気持ちが軽くなった。私も吃らずに言えたら会話ももっと軽快に出来るのにな。
そんな事で恥ずかしくなって顔を伏せてしまったけれど、続く敦さんの一言で何もかも吹き飛んだ。
しかも、そのまま敦さんと一緒に社員寮まで帰ることになって頭が真っ白になってしまった。
道中の会話なんて一つも覚えていない。相槌くらいは打てていただろうか。

自分の部屋に着くと体から力が抜けてしまい、そのまま玄関口に座り込む。床の冷たさで体の熱が冷えていくに連れ頭も冷えてきた。
先程の敦さんとの会話を思い出す。あれはつまり、そういう事なんだろうか。


「あのさ、今度の休みに行きたいところがあるんだけど…名前ちゃんは何か予定とかあるかな?」
「や、やっ無いです」
「ホント!?じゃあ付き合って欲しいんだけど」
「つ、つつつ付き合っ」
「じゃあ、当日部屋に迎えにいくね!」
「はわわわわ」


自分の返事が酷過ぎて頭を抱えた。何言っているのかさっぱり分からない。それでも私の言いたい事を理解してくれる敦さんを素敵だとおもった。
しかし、私と敦さんが休日に出掛けるなんてデートだと勘違いしてしまいそう。いやいや、ただ買い物に付き合うだけだ。そうに違いない。

そう考えようとしても、好意を寄せている男性とお出掛けだと思うと頭がパンクしそうになる。というかパンクしている。

それからは、部屋でも仕事中でも呆けてしまって事あるごとに国木田さんの説教を受けた。
国木田さんに怒られ与謝野女医と乱歩さんには呆れられ仰々しく出社した太宰さんに揶揄われたところで正気を取り戻した。
太宰さんに馬鹿にされたように感じ(実際馬鹿にしているのかも知れないが)軽い怒りで目が覚めたのだ。

それから瞬く間に四日が経ち非番の朝になった。朝日が低い。こんなに早く目が覚めてしまうなんて、馬鹿だ。
もう一眠りすると寝坊してしまいそうなので、ゆっくり支度をして気を鎮めようと思う。
のんびりとご飯を食べ髪を整えるのにいつもの倍時間をかけて、お化粧も普段は基本的な事しかしないものを一つ一つ丁寧に行った。
お洋服選びも外の窓から腕を出して天気を確認し悩みながら選んだ。


ーーーピンポーン


ガチャリと扉を開けると、爽やかな白のスニーカーが見えた。緊張から扉を開いて敦さんの全身を視界にいれるまで30秒くらいかかった気持ちになる。
敦さんの前衛的な前髪から想像した私服と違ってカジュアルで、春の空色のシャツが敦さんの笑顔をとても爽やかに見せている。
気合を入れて選んだスカートと図らずも同じような色合いになっていて、なんて言われるかドキドキした。

「おはよう名前ちゃん。準備できてる?」
「おは、おっおはようございます」
「えっと、時間確認してから来たんだけど、早く来ちゃったかな」
「だ、だい大丈夫です」

白いシャツに黒いパンツスタイルじゃない敦さんが新鮮で眩しい。ちらっと顔を見ただけで目を逸らしてしまって、失礼だと思うのに直視できない。
とんでもなく緊張している。いつも以上に仕事をしてくれない自分の舌が憎い。
敦さんの用事は何だろうかと思うのに、私の言い方が悪いみたいでお出かけの目的を教えてくれない。

他愛のない話をしながら着いたのは可愛い雑貨屋さん。敦さんもこういうお店が好きなのだろうか。
それとも、誰かに贈り物でもするのだろうか…もしそうなら切ない。

「前に聞き込み調査する時に入った店なんだけど、名前ちゃん好きそうな店だなって思って」
「あ、敦さん…好きです」
「うぇえ!?好き?」
「は、はい!こういう雰囲気のお店好きなんです!」

敦さんが大きく息を吐いた。何かまずいことを言ってしまったのかもしれないと慌てる。
なにが気に障ったのだろうか。なんて言えば良いんだろうかと、一人でわたわたしていると敦さんが安堵の表情を見せてくれた。

「よかった〜!名前ちゃんの机に似た雰囲気の物が飾ってあるから、好きなのかなって思ってたんだ」
「う、嬉しいです。知っててくれて」

机に飾ってある物から好きそうなお店を見つけてくれるなんて!敦さんって気の利く良い人だなと感動した。
しかもお仕事の最中なのに、偶然見つけたお店から私の事を思い出して連れてきてくれるなんて。まるで、まるで恋人同士のようで気分が舞い上がってしまう。
今朝、敦さんに会った時のような緊張が振り返してきて商品をゆっくり見れない。それでも、棚の前に立って商品を見ている振りをした。
敦さんとのお出掛けは嬉しいのに緊張して楽しめない。

「わぁ、かわいいね。これスノードームっていうんだ」
「あ、いや。あの、えっと」
「わぁ見てこれ。振ると桜の花が降ってるみたいだよ」
「か、かかわい、かかお」
「季節の物って感じで可愛いね」

店内はそれほど広くなく、棚の間隔も狭いので敦さんとの距離が近い。思ったより顔が近くてびっくりしてしまった。
舌が縺れに縺れて意味の分からない言葉になっても揶揄ったりしてこない敦さんに感謝した。
すると突然「僕が居たらゆっくり見れないだろうから店内をぐるっと見て外で待ってるね」と申し訳なさそうに笑って一人で行ってしまった。
咄嗟に言葉が出てこない私は引き止めることが出来ず、伸ばした腕は力無く落ちた。

それから私はのろのろと店内を見て周り、可愛いものを見ても気が晴れることもないまま敦さんの待つ店の外に出た。
外の日差しに眩しさを感じながら敦さんを探した。外で待っていると言っていたのに姿が見当たらない。
嫌な考えが浮かぶ。もしかしたら私と居るのがつまらなさ過ぎて帰ってしまったんじゃないだろうか。
でも、敦さんは何も言わずに帰るような人じゃないと思い直し、店内に居るのかもしれないと戻ろうとした。

「名前ちゃん!ごめん、外で待ってるって言ったのに」
「……」
「本当にごめん。どうしてもキミとこれが食べたくて」
「……」
「そ、そうだよね!何も言わずに居なくなるなんて酷いよね!キミを置き去りにしたようなもんだし、本当ぼく」
「よ、よかった」

敦さんが誰かを置いて帰るような人じゃないって否定しても、やっぱり、私なんかと一緒にいて楽しい人なんて居ないんだって考えてた。
だから敦さんが現れた時とても安心した。
近くのベンチに座って、敦さんが持ってきてくれたクレープを受け取る。一口食べると、とっても甘くて美味しくて涙がこぼれた。

「えっ、ご、ごめん!
クレープ嫌いだったかな?僕こういうデ、デートとかした事なかったから分からなくて。
太宰さんに相談したんだけど、やっぱり好みは本人に聞かないとダメだよね。本当、気が回らなくてごめん!」

慌てる敦さんに私は顔を上げて彼を見た。
デートという言葉が聞こえた気がして、そう思っていたのは私だけじゃ無かったのかなと、ホワッと期待が生まれた。

「ハ、ハンカチ!僕なんかので申し訳ないけど」

差し出されたハンカチを受け取って、涙を拭うと緊張しつつも敦さんを見つめた。
気遣わしげなどこか不安そうな顔をしている。

「あ、あつ、敦さんは…その、えっと…わ、私のこと…どう、思いますか」

敦さんは僅かに瞠目すると目線を彷徨わせた。
言い淀む敦さんが答えてくれるまで、私はじっと待った。どんな言葉を言われても受け入れようと思った。
意を決したように敦さんが口を開いた。

「僕は、名前ちゃんのことが好きです」

今度は、私が瞠目する番だった。
私はただ、敦さんが吃り症の私のことを"煩わしい"とか"何言ってるか分からない"とか、そういう事を言われないと良いなって思っていた。
思っても無かった答えに胸の鼓動が早くて、息が詰まりそうになる。
まっすぐ私を見て頬を赤らめながら見つめてくる敦さんをいつも以上に近くに感じる。

「わ、私も敦さんのことが…す、好きです」

敦さんに負けないくらい顔が赤くなってるだろうけれど、彼の気持ちに応えるため目を逸らさずに言った。
途端、敦さんが泣きそうな顔で笑うから私もつられて笑い。抱きしめてきた敦さんの温もりに恥ずかしながらも、そっと腕を回した。


title by : 溺れる覚悟


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