アズールさんと


 家族の元を離れ、故郷を離れ、陸の学園『ミルティアガールズカレッジ』に入学して数ヶ月が経過した。姉妹制度という謎の制度に疑問を持ち上級生の申し出を全て保留にした私は、入学して早々浮いた存在になった。保留が可能なのだから全く問題ないはずなのに、おかしな話だ。
 廊下を歩けば道を譲られ、食堂に行けば隣には誰も座ってこない。避けられているだけならば気にもしないが、遠巻きに見られているのが気になって仕方がなかった。常に誰かしらの視線を感じているので、私は無害であると示すため品行方正に物腰柔らかな印象を与えるように振る舞い続けた。
 その結果、友人も出来たし不躾に見られるということも減ったのだと思っていた。しかし、それは全く見当違いだったと友人から聞かされた。上級生は新入生にどんな子がいるのか見ていただけだし、同級生は入学早々姉妹の申し出を多数受ける私を羨望の眼差しで見ていただけらしい。視線に敏感でもその思惑まで測れないなんて、兄と比べてまだまだだなと痛感した瞬間だった。

「ナマエさんにもご兄弟がいらっしゃるのね。私にも二つ年上の兄がいるの」
「いいなあ、私は一人っ子」
「いいじゃない。兄弟と比較されることがないんだから」
「比較はされないけれど、過保護なの。すごく厳しいんだから」
「あら、私の母もとても心配性で毎日メッセージが届きますよ」
「それはナマエさんが美人だから当然よ」
「心配になるのも分かるわ」

 入学したての頃が嘘のように友人とお喋りをしながらランチタイムを過ごしている。昨日の夜、兄から「陸上大会の開催に合わせて学園が一般に開放されるんです。ナマエも来ませんか?」「カフェやってるから食べに来なよ」などとメッセージが届いた。それを思い出し兄がナイトレイブンに通っていると話すと、自分の兄はロイヤルソードにいると友人の一人が言った。
 兄の作る食事は好きだが、そんなことより私にはどうしても会いたい人魚がいる。会いに行くには外出申請をしなければならないが、女子校ということもあって『一年生が外出する際は上級生の付き添いが必須』という厳しいルールがあった。

「みなさんはホームシックにはならないんですか?」

 親元を離れ寮生活をしていると実家を少なからず恋しく思う生徒もいるだろう。あいにく私が恋しいと感じるのは両親ではないので当てはまらないが、故郷で彼と過ごしていたあの頃が恋しいのは本当だ。ホームシックと他校のカフェをダシにしてどうにか会いに行きたい。
 少しわざとらしくもため息を吐き暗い表情をすることで心優しい友人達の同情心を煽り、友人二人とそのお姉様二人と共に大会当日に外出することが決まった。お姉様からこれを機に姉妹の申し出を受けてはどうかと言われたけれど、心に決めたお姉様が四年生にいるのだと言うと心苦しそうに私を抱きしめ謝った。

 学園があるという賢者の島に通じている鏡を使用してたどり着いた場所は、長閑な自然が多く残る場所だった。観光するには悪く無い場所だけれど、今回の目的は学園内のカフェなので空気感だけ楽しみながら学園に向かう人波に乗る。
 学内には店などが並んでいて非常に賑やかで、少し気疲れしてしまいそうになる。学生らしき人に声をかけカフェの場所を聞き出し、やってきた『モストロ・ラウンジ』のある寮内はとても落ち着くところだった。故郷の海を思い出す。
 この薄暗くどこか危険を孕んだ空気に浸っていたかったけれど、ついてきた人達がうるさくて無理なのだ。外出申請をした時に行き先を見た寮長が険しい顔をした理由が分かった。案内してあげるなんて言いながら図々しくも店内まで着いてくるなんて、その見え透いた下心に陸の生き物は万年発情期なのかと疑ってしまう。友人達も困っているようだから、ちょっと私がキツく言ってやろうかと思った。

「いらっしゃいませ、何名様ですか」
「5名です」
「え、俺らは」
「5名様ですね、お席にご案内いたします。次にお待ちのお客様もただいまご案内しますので、少々お待ちください」

 柔和な笑みで話しかけてきたスタッフに即座に自分たちだけだとアピールし、なんとか離れることができた。友人やお姉様から助かりましたとホッと安堵の声が漏れた。良いタイミングで声をかけてきたスタッフ基、分かっていて声をかけてきた兄には感謝する。
 案内された席は店内の大きな水槽がよく見え、ほかの客の視線が気にならない位置にあった。こういう気配りがさらっと出来てしまう兄に惚れてしまう女性は多いのかもしれない。少なくとも一緒に来たお姉様達は兄の気遣いに大変感動しているようだ。

「ジェイド兄様お久しぶりです」
「会いたかったですよナマエ。少し大きくなりましたか」
「全く変わっておりません」
「あら、ナマエさんのお兄様だったんですね」
「確かに雰囲気もよく似ています」

 女性から一身に視線を受けても動じることなく、ワンドリンク制だからと飲み物のオーダーを受けて兄は颯爽と去っていった。私としては他に頼みたいことがあったが仕事が優先だろうから仕方ない。
 そして案の定、私の席では兄の話で持ちきりになった。兄妹揃って美人だとか、物腰柔らかで素敵だとか、まるで絵画から出てきた様だなんて言うものだから吹き出すのを堪えるのが大変だった。少し変な微笑みになっているかもしれないが、照明が暗いからバレないだろう。
 私たち兄妹の話題から兄個人の話題に移り、個人情報が知りたくなった彼女達の質問に曖昧に答えていると注文したドリンクが運ばれてきた。

「久しぶりだね〜ナマエ!なんか、ちっちゃくなった?」
「全く変わってないですよフロイド兄様」
「お兄様がお二人?」
「よく似ていますが、双子ですか?」
「そーだよー、はい、これ注文したドリンクね!それより裏で話そうよ。オレもジェイドも今から休憩入るし」
「あ、嬉しい申し出ですけど友人達もいますし…」
「え〜〜、ねーねー、ナマエ連れてっていい?久しぶりに妹といっぱいお喋りしたいんだよね。ねぇ、いーでしょ?」

 兄のふんわりした表情と甘えたな声に動揺して、慌てたようにどうぞどうぞと私は兄に差し出された。私にとっても好都合なことにありがたいと思いながら、申し訳ありませんと取り繕った。兄について行くと本当に出口とは逆の裏に連れて行かれ、一つの扉を思いっきり蹴破るが如く開いた。中にいた青筋を立てて小言を言う人物が目に飛び込んできた。
 神経質そうな目元に美しいスカイブルーの瞳。眼鏡のせいで反射や物の映り込みで見えにくくなっているのが残念でならない。それに、海に漂うようにセットされたシルバーの髪も帽子で艶が隠されてしまっているが、頬にかかるくるんと丸まった毛先が可愛い。兄への小言が飛び出す口から、ちらちら覗く白い歯は眩しく、話すたびに動く唇やその口元のほくろはとても美味しそう。立ち上がってようやく見えた体のラインは、服で全く見えないが細い。あんなに細く折れてしまいそうな体で兄達と対等に渡り合う姿に惚れ惚れしてしまう。背もあんなに低いから、兄を睨む目が上目遣いになっている。なんて、可愛らしいのだろうか。

「あーもーアズール、うるさっ」
「ただ扉を丁寧に開けと言ってるだけだろう。それのどこが」
「なんとかしてよナマエ」
「はぁ?なんで居もしない人に…えっナマエッ」
「アズールさ〜〜ん会いたかった〜〜〜〜」
「うわっちょっとナマエ!離れなさい!!フロイド!なんとかしろ!」
「えーやだ」

 かくれんぼは昔から得意で、兄の後ろに隠れて彼にそっと近付き思いっきり抱き着いた。慌てるアズールさんが私を引き剥がそうと肩を掴んでくるけれど、ほとんど力なんか篭ってないから痛くもなんともない。私は彼の首筋に顔を埋めて、これが陸でのアズールさんの匂いなんだなと思う存分堪能した。
 彼の人魚の時との体の硬さの違いを全身でもっと感じていたかったのに、後からやってきたジェイド兄さんに邪魔されてしまった。

「危うくアズールが茹で蛸になってしまうところでした」
「なりませんよ」
「そうですか?その割には顔が」
「うるさい、それ以上言うな」

 加熱したタコも美味しいよね、唐揚げが特に好きなんて思いながらアズールさんの顔を見たけれど、ちょうど眼鏡のブリッジを上げており手が邪魔で見えなかった。茹で蛸ってことは顔が赤かったんだろうけれど、そんなに興奮するほど怒らせてしまったんだろうか。
 フロイド兄さんの隣に座って向かい側のアズールさんを気にしていたら、フロイド兄さんが私の猫被りがおかしかったと笑いだした。私は家族以外の他人に見られていると品行方正に振る舞ってしまう癖があるのだ。

「他人なんか気にする必要ないでしょう。どうしてそうなったんですか」
「初日から目立っちゃって、人からすごい見られてたの」
「ナマエなんかやらかしたの?」
「まさか、フロイド兄さんじゃあるまいし」
「その話はやめろって言っただろ」
「ふふふ、それで人畜無害な振る舞いを継続してるんですね」
「ナマエの猫被りにはアズールも騙されたもんな〜あっはは、あの時のアズール思い出したら笑えてきた〜」
「その話はやめてって前に言ったよね、フロイド兄さん」
「ん〜〜?」

 私は初対面の人には大抵猫を被る。その方が人魚関係は上手くいくし、取るに足らない奴だと思われていた方が何かと都合が良かったりする。兄達にちょっかいを出されていたアズールさんに興味が出て、彼に会って初めましての挨拶をした時も猫をかぶっていた。それなのにアズールさんの顔に緊張が走ったのが見えて、私も妙に緊張して何も話す事ができずにいたのは少し恥ずかしい稚魚の思い出。
 その後、アズールさんが何か言っていなかったかと兄達に聞いても、ニヤニヤはぐらかすばかりで再び羞恥心がぶり返すだけだった。それでもアズールさんのことが気になって、その日から毎日彼の元に通った。鬱陶しそうにされてもアズールさんが熱心に取り組んでる物に興味があるからと、渋々了承させ無理を言ってでも一緒に過ごすほど彼に夢中だった。
 それが恋だと理解したのはアズールさんがミドルスクールに上がって、学校に拘束される時間が異なってしまい思うように会えなくなってからだった。今まで一緒に過ごしてきた彼の隣に私でない人魚がいるのが我慢ならなくなったのだ。よりによって兄達にまで嫉妬してしまうなんて、私のその胸の内を話したら腹を抱えて笑われてしまい悔しい気持ちになった。
 兄達は私を揶揄う傾向があるので、たまに口論することがあった(口論だけで済まなくなる場合もある)。そんな私が猫を被っていたとアズールさんにバレてしまい、肝が凍るような思いをした時のことは私には笑えない出来事だ。それでも、なんとかなって今こうしてアズールさんと一緒に過ごせているのだから一先ず良かったが、あの時の話は思い出すと嫌な気持ちになるのでして欲しくない。ましてや面白いなんて最低の表現だ。

「ナマエ、ここで暴れることは許しませんよ」
「アズールさん……」
「フロイドも自分が嫌なことされたからって妹相手に大人気ないでしょう」
「…こーいうのに兄妹とか関係ねーから」
「ムッとしてるアズールさんも素敵!」
「あ、貴方の情緒は一体どうなってるんだ」

 呆気に取られて丁寧な口調が崩れるところも好きだなあとニヤつく口元を手で隠しながら眺めたけれど、私の熱視線は隠せない。アズールさんは咳払いをして私を一瞬だけ見て逸らしてしまった。だから、私がその後どんな目で見ていたかなんて彼は知らない。知ったところで、アズールさんの気持ちが変わるわけではないから知らなくていい。

「ナマエは本当にアズールに目がないですね。早く番ってしまえばいいのに」
「僕たちは一応学生ですよ。陸では学生結婚はあまり褒められた行為ではありませんから」
「じゃあ、卒業したらいいの?」
「するとも言ってません」
「はあ、こんなにアピールしてるのに…」
「あーあ、ナマエかわいそ。もしアズールに愛想が尽きたらオレらが慰めてあげるね」
「可愛い妹ですからね、僕たちが一生可愛がってあげますよ」
「随分と含みのある言い方ですね」
「ふふふ」
「…………」

 アズールさんが私をそういう対象として見ていないことは知っている。だから、こんなやりとりは本当に言葉遊び以上に意味がなく、私の心をじくじくと甚振る酷い会話だ。兄達も本当にイイ性格してる。最低。
 そんな時の欲求不満を満たすのは食だ。だから、おふざけの延長で隣のフロイド兄さんの腕に絡んでお腹空いたぁと甘える。そうすると、大抵兄さんは私を連れてキッチンに行ってくれる。耐えがたい空間から連れ出してくれる。けれど、さすがにお店のキッチンには連れて行けないようで私はアズールさんと二人きりになってしまった。
 沈黙が肌を刺すような感じが嫌で何か話そうと、兄達が去ってしまった扉から視線を戻すと鋭い視線が私を貫いた。凛々しい表情もカッコいいなんて考える余裕なんてない私は、アズールさんの視線から逃れるようにお仕事の続きしなくて大丈夫?なんて口にした。

「別に急ぎのものではありませんからね。それに僕らはホストですから、ゲストである貴方をもてなす責任があります」
「そう?よかった!何か手土産とか持ってくるべきだったかな?」
「貴方そういうタイプではないでしょう」
「まあね、私がアズールさんに会いたかっただけだから」
「貴方はいつもそうですよね」
「うん。アズールさんのことが好きだからね」
「そう何度も繰り返していると言葉の重みがなくなりますよ」
「重み?好きなのは事実だし」
「信用されなくなると言ってるんですよ」
「……嘘だと思ってるの?」
「うそ、というより信じられない」

 アズールさんがたまに見せる射抜くような視線は、私に対する猜疑心だったのかと初めて知った。まさか私の必死な猛アピールが裏目に出ていたなんて思わなくて、では信じてもらうにはどうしたら良いのだろうか。言う頻度を減らせば良いのかもしれないが、そもそも会う機会が少ないのにこれ以上どう減らせば良いのか分からない。
 ジェイド兄さんのように、いろんな情報を頭で分析して予想を立て先手を打てるほどの頭があったらよかった。フロイド兄さんのように地頭が良くて、感覚だけで最高のパフォーマンスができる程の天才的な才能があればよかった。私には兄達のような特筆すべき才能や能力なんてない、兄達のようになりたいと模倣するばかりの平凡な人魚なのだ。
 こんな時、兄さん達ならどうするのだろう。信じられないなんて酷いと泣く?どうやったら信じてくれるのか聞く?拗ねる?逆にキレる?全部ありそうで、全部が不正解な気がする。ああ、兄達はまだ戻って来ないのかな。アズールさんと過ごしたかったけれど、こんな空気は嫌だ。お願い、早く戻ってきて。

「またそうやってジェイドとフロイドを気にするんですね」
「えっ?」
「ナマエはいつもそうだ。僕といるのに彼らの事ばかり…気付いてます?僕のことを好きだと言いながら、僕を除け者にして会話していたことが今まで何度もあったんですよ」
「それは……」
「それに、どうして僕の隣に座らないんですか。貴方は僕とフロイドの隣が空いていたのに、迷うことなくフロイドの方に行きました。こう言う場合は好きな相手の隣に座るものですよね。つまり、そういうことなんでしょう?
もう、貴方の戯れに振り回されるのは嫌なんですよ」

 責められている状況に私は既視感を覚えた。内容は違うけれど、何年か前に私も兄達に向かって蟠りを吐き出した事がある。立場は逆だけれど、その時と同じならアズールさんは兄達に嫉妬している。とても都合のいい捉え方だけれど、そう感じた。
 アズールさんが嫉妬してくれたというのなら、さっきの彼はとても可愛いことを言っていたのではないか。もし、そうなら彼の隣に座っても嫌がる事はないだろう。しっかり観察して本当に嫌がっていたら、私の都合のいい勘違いだったと改めればいい。

「隣に座らなかったのは、正面の方がアズールさんの顔がよく見えるからだったんだけど……隣に座った方が近くで見れるね」
「なっ、なんですか。そうやって僕を揶揄って遊んでいるんでしょう。貴方はいつもそうだ!顔がよく見えるなんて言い方をして、本当は揶揄った時の反応が見やすいからでしょう」
「そうだよ!だって、私の発言をアズールさんがどう思ったのか気になるでしょ。それに、毎日会えないんだから沢山見て今のアズールさんを焼き付けておきたいの」
「ものは言いようですよね。ナマエはいつだって僕を喜ばせる言い方をしますから。最初からそうでしたから」
「最初から?」
「ええ、そうです。貴方の本性を知ってから、振り回されるのはごめんだと素気無くしてきましたが、貴方は一向に態度を変えない。もう、疲れました…ハッキリさせてください。
本当は、貴方の本心は僕をどう思ってるんですか。好きですか?それはどういった意味の好意ですか?僕が貴方に抱いているのと同じ意味の好意なんですか?教えてくださいよ」

 とても嬉しい。私の本性を知られて嫌われてしまったと思っていたから、それが間違いだったと知れてよかった。どういう意味で好きかなんて、そんなの一つしかない。アズールさんが私と同じ意味で好きかどうかは、私が言ったら彼も教えてくれるんだろうか。それで同じならば私たちは番になれるんだろうか。
 アズールさんは隣に座る私に体を向け、真剣な眼差しに少し不安を滲ませながら真っ直ぐ私を見ている。私は、そんな彼の目を熱を隠しきれない瞳で見つめ返し口を開いた。彼がぱちりと瞬きをし緊張した面持ちになった時、ガチャっとノックも無しに扉が開いた。

「お待たせ〜ナマエの好きなタコの唐揚げ作ったよ〜………やべ、タイミングミスった?」
「ああ、すみません。お取り込み中でしたか」
「ごめ〜ん、オレ達出直そうか?」
「やめろ、そんなんじゃない!」

 慌てて立ち上がり取り乱すアズールさんが、兄達に揶揄われて顔を赤くしているのが見える。白い肌が加熱されたタコみたいにほんのり色付いているけれど、さっきみたいに怒ってるとは思えなかった。羞恥心から顔を赤くしているアズールさんを見て安心した私は、アズールさんの肩に手を乗せて背伸びをすると耳元で「特別に思ってるのはアズールさんだけだよ。今までもこれからも大好き」と囁いた。
 真っ赤な顔を隠しもせずに振り返って口をパクパクさせて、言葉にならないアズールさんにニッコリと笑みを返すとソファに座り直して「お腹ペコペコ〜早く食べよ〜」と料理に手をつける。正気に戻ったアズールさんがストンとソファに腰を下ろしたのを感じて、フォークに刺していたタコの唐揚げを何か言いかけた口に放り込んだ。驚きながらも、もぐもぐとしっかり咀嚼し飲み込んでから口を開くところも好感が持てるなあ。

「いきなり口に入れないでください。計算が狂うでしょう」
「ごめんね。はい、どうぞ」
「僕は食べませんよ」
「い〜じゃん、あ〜んしてもらいなよ」
「これ以上の食事はカロリーオーバーになります」
「アズールさんもっと食べた方がいいよ。こんなに細くなっちゃって心配」
「稚魚の時と比べて5分の1くらいでしょうか?ふふっもちろん横幅が」
「このまま体絞り続けてたらそのうち無くなっちゃうんじゃない?」
「えぇっ!?そんなの嫌だよアズールさん!」

 兄達の悪ふざけだと分かっていながらもアズールさんの細身の腰に抱きついて心配する。毎度私に同じようなことをされているのに顔を赤くするアズールさんが、可愛くて大好きで兄達と一緒になって彼を揶揄ってしまうのは直しようもない。
 ただ一つ今までと違うのは、彼が"やめて欲しいけれど嫌じゃない"というのが分かったことだ。今は、それが分かっただけでも十分嬉しい。もっとアズールさんと一緒にいたいけれど私にも学校がある。友人とお姉様方を待たせるわけにもいかないため、そろそろ帰らなくてはならないだろう。

「それじゃあ、また来るね!」
「ええ、またメッセージ送ります」
「ようやく静かに落ち着けます」
「くすっアズールさんのために、学園でしっかり淑女を学んでくるね」

 ナマエはVIPルームの向こうにいるアズールを扉が閉まり切るまで見つめると、フロイドの案内で学友達の元へ戻っていった。部屋に残されたアズールもまた、廊下にいるナマエを名残惜しそうに見つめ続ける。それに気付かないジェイドではない。ジェイドは捻くれたアズールをめんどくさい性格ですねと内心で笑い飛ばした。
 奥手で慎重なアズールが自分たちに嫉妬している事は分かりきっていたし、ナマエも他人の視線や感情のコントロールは上手いが自分の事となるとてんでダメになる。あの程度の短時間で、二人の間の何かが変わるほどの事は起こらないだろうと思っていたジェイドは、ナマエのアズールを揶揄う時の表情に妙な安心感が見えたことに驚いた。大切な妹の気持ちが少しでも晴れたのであれば良かったと思う。

「夏季休暇が楽しみですね」
「うちにくるのは構いませんが、長時間居座るのは勘弁してくださいね」
「おや、何のことでしょうか」
「惚けるつもりですか?去年はナマエと共に長時間の飲食でリストランテ うち の席を占有していたじゃないですか」
「いいえ、そうではなく…夏ですからね、僕たちの繁殖時期だなと思っただけです」
「………確かに僕たちの住む海域は夏の暖かい季節でないと繁殖は難しいでしょうが、そうと決まっているわけではないでしょう」
「そうですが、ふふっ、うっかり発情でもしたらどうしましょう」
「そんなの僕の知ったことではないだろう」

 全くくだらないお喋りは終わりだとでもいうように、執務机に座るアズールの耳にジェイドの小さな呟きは聞こえなかった。それはアズールを揶揄うために飛び出した言葉か、確信があって言ったのかはジェイドのニヤリとした表情からは伺う事は出来なかった。


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