「貴方がお兄様達が言っていた面白いタコの人魚さん?」
「なんだよ、いきなり。失礼な奴だな」
「あっごめんなさい。あの、お兄様達が"同級生は面白みのない奴ばかりだけれどタコの人魚は面白いことしてるんだよね"と楽しそうに話していたので、つい…」
「………お前、あのウツボ兄弟の妹か」
「はい、そうです。お兄様達が楽しそうにお話されていたので、どういう方なのかと思って探していたんです」
「ふうん、そう」
私たちがまだ稚魚だった頃の話。私とアズールさんの出会いは偶然でも何でもなく、兄達が話していた人魚が気になって私から会いに行ったのだ。どこにいるかなんて知っていたけれど"探すほど会いたかった"と思わせるため、そう口にした。
会話は全く弾まなかったけれど、兄達から聞いていた通り熱心に本を読み書取りをしていた。私はそおっと静かに泳ぎ寄って壺の中を覗き込み彼の手元を静かに見ていた。追い払われるかもなんて言われたけれど、静かにしている分には袖にされるだけで追い払われる事はなかった。
次の日は彼が読んでいた魔導書を持ってきて、軽い挨拶をしてから蛸壺に背中を預けて読んだ。特に何か言われることもされる事もない日が数日経過したころ、何か企みでもあるのかとアズールさんの方から話しかけてきた。私は喜びを隠して質問に応じた。
「企みですか?」
「あの兄弟みたいに煩く話しかけてこないし、僕と同じ本を読んでいるし何が目的なのか分からない。何のために僕のそばで勉強するんだ?」
「私に興味が湧きました?」
「そッそんなんじゃない!お前の行動が理解できないから聞いただけだ!」
「うふふ、お前ではありませんよ。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね…私はナマエ・リーチといいます。貴方のお名前も知りたいです」
「………アズール・アーシェングロット」
「よろしくお願いしますアズールさん」
それから、怪訝そうにするアズールさんの質問にちゃんと答えた。「貴方の興味のあることに私も興味が湧いたので読んでいました。分からない所を教えてもらえたらいいなと機会を伺っていたのですが、いつも忙しそうでしたので」と控えめに一緒に勉強したいと、迷惑ならもう致しませんとしおらしさを装った。
分からない所なんて無かったけれど、これから出てくるかも知れないし何よりもアズールさんのことが気になる。何かを成しえようと直向きに努力する姿に惹かれた。アズールさんが一体何を得る為に頑張っているのか、聞いても教えてくれなさそうだから自分も一緒に勉強して彼が何を目指しているのか知ろうと思った。
そんな私の事を兄達はつまらなそうに詰った。アズールさんと同じ事をしても同じものは見えてこないし、同じように身につくものでは無いと。私はそれでも一緒の物を学びたいと彼に着いて回った。
それから数年後、彼がミドルスクールに通い始め、私は変わらずエレメンタリースクールに通っている。当初の目的を忘れてしまう程アズールさんと過ごすのが楽しくなったのに、スクールに拘束される時間が異なり前ほど一緒に居られなくなってしまった。
ようやく解放されてアズールさんに会いに行くと彼は既に本を読み始めていて、それを邪魔するわけにもいかず静かに隣で本を開く。今まではそれでもよかったのに、彼と会話する時間がほとんど無くなり物足りなさを感じていた。
そんな折、アズールさんが見知らぬ人魚と言葉を交わし二人で何処かへ行ってしまう所を見て、今まで感じたことのない熱が鳩尾の辺りで湧き立ち口から飛び出しそうになった。体の奥底から湧き立つ熱は怒りと酷似していたが、同時に重石を飲み込んだみたいに酷く重たい。
アズールさんとの貴重な時間を彼のプライベートを詮索するような会話で潰したく無くて、訳の分からない感情にもやもやしながら過ごした。アズールさんは、たまに見知らぬ人魚と何処かへ消えていくものだから、吐き出しようのない感情は日に日に積もっていく一方だった。
「アズールさんはスクールでは何して過ごしてるの?」
「前と変わんないよ、ずーっと本読んでる」
「交友関係が広がったとか」
「クラスじゃいつも一人だから変わらないんじゃね」
「じゃあ、アズールさんって」
「あのさあオレに聞かないでよ。聞きたいことがあるって言うから聞いてやってんのに、さっきからアズールアズールって…オレはアズールじゃないんだけど」
読書する私の尾鰭を枕にして横になっていたフロイド兄さんは、不機嫌そうに体を起こすと私の尾鰭に巻きつき伸し掛かってきた。岩場に伏すように寝転んでいた私は身動きが取れない。アズールさんじゃないから聞いていたのに、しつこくし過ぎてしまったようだ。
なんとか体を捻って抜け出そうとするけれど、今日の兄は中々にご立腹のようで拘束が外れない。文句を言おうと見上げたところで私は抵抗するのを止め、兄の横腹から背中に腕を回して抱きしめた。フロイド兄さんは繊細なところがある。身内ということもあって、兄達には割と雑に接してしまうことが多いから失敗してしまった。抱きしめ返してこないのが兄を傷付けてしまった証拠だ。
「ごめんなさい」
「すげー嫌だった」
「フロイド兄さんの優しさに甘え過ぎちゃった」
「甘えてくんのはいいけど、他の奴のことばっか話されんのは気分悪い」
「ごめんなさい」
「本当にそう思ってんなら今日はオレが飽きるまで一緒にいてよ」
「そのくらいでいいのなら、いつまでも」
「じゃあ、本読むのは終わりね」
フロイド兄さんの気分が晴れて良かったと思いながら、兄に手を引かれて泳ぎ出した。結局その日は帰宅しても飽きる事がなく、家族に今日は特に仲良しだと揶揄われてしまった。それを嬉しそうに聞いている兄達がいたから家庭内がとても暖かく感じた。
夜までフロイド兄さんは私を離してくれなくて一緒に寝たのだけれど、起きたらジェイド兄さんまで一緒にいて驚いてしまった。体をぎゅうぎゅうに寄せあっていたものだから、寝起き早々フロイド兄さんは窮屈だったとぷりぷり怒っていた。文句を言われているジェイド兄さんがそれを軽くかわしているのを横目に朝食を食べ終わると、一足先に家を出た。
「おはようございますアズールさん」
「ナマエさんですか、おはようございます」
「実はアズールさんにお尋ねしたい事があるんですが、よろしいですか?」
「貴方が僕に質問だなんて珍しいですね。何でしょうか」
今朝、絡んでしまった三人分の尾鰭を解きながらジェイド兄さんにミドルスクールの様子を聞いてみた。昨日と同じ失敗はしないようにアズールさんや特定の人魚の話を避ける。すると、急に見た目が変わった人魚や声が枯れてしまった人魚が増えてきた事を話してくれた。
私はその人魚達の特徴を聞いて、その中にアズールさんと一緒にいた人魚が含まれていたのが気になった。急に変化した人魚とアズールさんがどう結び付くのか、喉に小骨が刺さったような感覚をスッキリさせたかった。
「貴方の兄達から聞いたんですか?」
「…実はアズールさんが件の人魚といるところを見てしまって、気がかりだったんです」
「そうですか…ふふふっそうです。全部僕がやりました」
アズールさんは金色に輝く契約書を出現させると、願いを叶える代わりに人魚達からその者の魅力とも言える特徴を奪ってやったと語った。アズールさんは自分に嫌な事をしてきた人魚全員に契約を持ちかけ自慢の物を奪うつもりだと私に宣言する。
彼を責めるつもりで聞いたわけではないのに、アズールさんは"どうぞ軽蔑するならしろ僕はやめない"という剣幕で話す。私は彼が今までの勉強で培ったものを自分の武器にし、それを存分に振るっているのだと心を打たれた。アズールさんは、なんて強い人魚なのだろうかと眩しかった。
「すごいです。アズールさんの努力が実を結び始めたんですね」
「どういうつもりですか」
「私は貴方と一緒に勉強する時間が欲しいと、最近はそんなことばかり考えていたのがとても恥ずかしいです」
「………学ぼうとするのは恥じる事ではないと思いますが」
「それだけではなくて…あの、私は貴方の勉強の邪魔になっていますか?」
「邪魔だと感じた事はありませんよ」
「よかった。ふふっ、これからも私と一緒の時間を過ごしてくださいね」
アズールさんは少し歯切れの悪い返事をしたけれど拒否される事はなかった。私は喉の痞えがなくなって大変スッキリしていた。くるりくるりとダンスを踊りたくなる気分で登校したら、それが泳ぎに出ていたようで学友に随分ご機嫌だねと言われてしまい慌てて取り繕った。学友の前では大人しい人魚の振りをしていたが、この一度限りでは私の猫被りはバレなかったようだ。
アズールさんの前でも同じく猫をかぶっている。その方が好印象を与えられると思ったからだけれど、徐々に素を出していった方が良かったと後悔している。彼に嘘をついているようなものだから、バレた時にアズールさんを傷つけてしまわないかが心配だ。それが原因で嫌われてしまうのは最も避けたい。
「兄さん達って最近よくアズールさんといるね」
「うん、なんかね〜面白いことしてるから勝手に混ざってる」
「ふふふ、自分の力量も測れるので楽しいですよね」
「なんで急にアズールさんに付き纏い出したの?」
「僕達は同級生ですよ。ストーカーみたいに言わないでください」
「ナマエの方がそれっぽいことしてんじゃん」
「嫌がられてないからストーカーじゃない」
「ふうん、ていうかさっきから何?」
「僕達がアズールの隣にいる事でナマエに何か不都合でもあるんですか?」
「あるよ。なんかよく分かんないけど嫌なの。すっごく嫌!前にも知らない人魚がアズールさんと一緒にいるの見た時も感じたんだけど、この辺りにドロドロもやもやしたのが溜まってるみたいでイライラするの。なにこれ、もうホント気持ち悪くて嫌!」
鳩尾の辺りを手で押さえて兄達に吐露した。蟠りを口にしながらも次から次へと湧き立つ気持ち悪さに暴れたくなった。そんな衝動を止めたのはジェイド兄さんの「僕たちに嫉妬してたんですか」という発言だ。目から鱗だった。
冷静になってみると、もっと早く気付いてもいいくらい私の気持ちは何年も変わっていない。アズールさんに好感を持ってもらいたいという気持ちも、一緒に居たいという気持ちも全て私が彼に恋をしていたからだった。
分かってしまえば兄達に嫉妬なんてバカらしいと笑ってしまえるが、自分より先にフロイド兄さんが「なにそれナマエおバカじゃん〜」と笑い出したからイラッとしてしまった。笑い続ける兄の腹に苛立ちを握りしめた拳を叩き込んだ。
「笑う事ないでしょ!」
「いや笑い事だろコレは〜」
「可愛い妹が恋を自覚したの!むしろ祝福されるべきじゃないの!?」
「はいはい、おめでと〜」
「くっそッ」
「ナマエ、そのくらいで苛立ちを鎮めた方がいいですよ」
「そう言いながらジェイド兄さんだって笑ってんじゃん」
「え、いやだって面白いので」
「も〜〜〜〜笑うな!」
「ナマエ……?」
私は、猫被りでボロを出すなんて事がないので一度もバレた事はないというのに、どうしてアズールさんがこの場にいるのだろうか。最悪なところを見られてしまった。
ジェイド兄さんに掴みかかったままフリーズした私に「だから鎮めた方がいいと言ったのに」とニヤついた顔で言った兄の顔を殴る余裕なんてなかった。アズールさんを騙すつもりは無く貴方に好感を持ってもらいたくて振る舞ってしまった。だからどうか今まで通り一緒に過ごしたいと、取り繕うこともせず必死に頼み込んだ。
ややあって発せられた「そうですか…慎ましやかな貴方が好きでしたが残念です」という言葉が耳に入った瞬間、弾かれたようにアズールさんに別れを告げてその場を去った。素の私は好きじゃないなんて、聞きたくなかった。もう終わりだ。そうやって逃げ出した私をフロイド兄さんが追いかけてきた。
「なんの用?また笑いに来たの?」
「慰めに来たの」
「兄さんの慰めなんか要らない」
兄に背を向けて誰も来ないような岩場まで泳ごうと思ったのに、優しさかなんだか知らないけれど尾鰭が巻き取られ上半身は腕で拘束された。離してよと暴れるも兄の力は強く抵抗するほど苦しくなる。息が苦しいのはそれだけが理由じゃない。胸のあたりが痛い。
胸の辺りに回された兄の手に縋るように両手で握ると、くるんと反転させられ兄の大きな体に再び包まれた。一人で勝手に好きになって勝手に玉砕しただけなのだから、放っておいてくれればいいのに。優しくされると一人でいるより悲しくなってくる。
「もっと上手くやれば良かった」
「そうだね、一生騙せるくらい猫被り上手だもんね」
「失敗しちゃったよ、あそこまで言われたら終わりだよ」
「被ってた猫の方が好きだったみたいだからね」
「うう〜もう思い出したくないから言わないで」
「タコちゃんのこと吹っ切れるいい方法があるよ」
吹っ切れる方法なんて記憶を無くしちゃうくらいしか私には思いつかないけれど、兄にはそれ以上の名案があるんだろうか。胸に埋めていた顔を上げると、慈愛に満ちたような優しい顔で私を見ていた。フロイド兄さんは優しいけれど、こんな表情を見た事は今までになかったから呆けてしまった。
兄は再びにっこり微笑むと鼻先を触れ合わせて「番を作ればいいんだよ」と、私の瞳をじっと見つめながら言った。一瞬反応が遅れたせいで反射的に顔をそらす事が出来ずに両手で頬を包まれてしまった。尾鰭は言わずとも動かせない状態になっている。
誰かと番えば吹っ切れるかもしれないけれど、そんな事しなくたって、そのうち忘れる事は出来るだろう。どうやったって辛いのが無くならないのなら、自然に忘れていく方を選ぶ。そんな私に兄は「オレだって辛い」と言い出す。私の辛さを理解したとしても同じ様に辛くなるほど兄は優しくないのに。
「オレはナマエと番になりたいの。ねぇ、オレの番になって吹っ切れて」
「……それは考えた事なかった」
「えっなんで?…稚魚作るなら同種の方がいいのに」
「私はそういう基準で選ぶつもりないから」
「う〜ん…兄妹の方が人魚になる確率も高いのに?」
「産まれた稚魚が人魚になろうが魔力を持たない魚になろうが、大人になれるならどっちでもいいよ」
「うん、オレもどっちでもいい」
「じゃあ別に兄さんと番にならなくてもいいでしょ」
「さっきも言ったじゃん。オレはナマエと番になりたいの」
混乱している。兄がどういうつもりで私と番になりたいのかが分からない。稚魚がどうなるかが兄にとっての重要な事のように言っていたのに、直ぐに手のひらを返した様に言う。気分屋なところのある兄だけれど、こういった意見をコロコロ変える性格ではない。
兄と私が番になるのは考えた事なかったから失念していたけれど、私とアズールさんの方が難しい。二人の気持ちが通う通わない以前の問題だ。生殖方法が同じでないから、稚魚を成すとしたらかなり苦労するし最悪稚魚は出来ない。兄と番う方が優秀な子孫を残せるだろう。
しかし、兄にも言った様に子が成せる云々で番相手を探すなんて只の魚くらいだろう。だから人魚は数が少ないのかもしれないけれど、好きになった者と共に在りたいと思うのは知能のある生物が持つ欲だ。
「兄さんは何で私と番いたいの?これから先、私みたいに恋するかもしれないじゃない」
「恋ならずっとしてるよ」
「ええぇ!?じゃあ尚更その相手と番いなよ」
「だからさっきから申し込んでるじゃん。もーアタマわりぃなー」
ここまで言われてやっと気付いた。頭が悪いなんて言われていつもなら怒るところなのに出来なかった。フロイド兄さんが私を好きだなんて、一度だって、頭を過ったことすらなかったのだから察することなんか無理。それも只の好きじゃない、恋なんだから、言われなきゃわかるわけない。
私がアズールさんに会って、惹かれて、無自覚に恋している間、兄は何を感じていたのだろう。私のように嫉妬してモヤモヤを溜め込んだりしなかったのだろうか。
いや、していた。私がアズールさんのことを兄に聞いた時、ずいぶん寂しそうな顔をしていた。あの時はしつこく質問したから嫌な気分にさせたのだと思っていたけれど、それだけではなかったのだろう。それに辛いっていうのは、私の失恋に同情してじゃなく自分を見てくれない事が辛かったのだ。
「オレは産まれた頃からずっとナマエが好き。ナマエには絶対に優しくしてあげようと思ってたの。誰にでも優しいわけじゃないからね?」
「それは…なんとなく。妹だからかなって思ってた」
「だろーね、そう思われてても別に良かったし。ナマエの言う通りオレだって別に恋するかもしれないって思ってたから。
でもね、ナマエへの気持ちが恋だって知ってから、ああ、これ以上はないなって分かっちゃったんだよね」
兄は力なく笑った。いろんな兄の顔を見てきたけれど、こんな笑い方をするのは過去にあっただろうか。もしかしたら、私が見ていないところでは辛いのを顔に出していたのかもしれない。そう思うと何となく悪い事をしてしまったような気になってきた。
私たちの尾鰭は絡み合ったままだ。きゅっきゅっと切なく鼓動するように締め付けられる。私の独りよがりの恋心より、私の事を考えて今まで黙っていた兄の想いの方が愛を感じる。今だって、悲しそうに眉を下げながらも私の答えを待っていてくれてる。兄の愛は深いのだろう。
「フロイド兄さん」
「うん、なぁに」
「兄さんの気持ちには応えられない。私はアズールさんが好きで、その強い気持ちを殺すことは出来ないから」
「オレはそれでも良いって言ってんだけど」
「そんなの、誠実じゃないでしょ」
「セージツなんか要らないよ。オレはナマエが他の雄のものになるのが嫌なの。誰にもナマエの心の隙間に入って欲しくないし、ナマエにはオレのことを考えて欲しい」
「今は応えられないよ」
「……まいっか〜ナマエに意識されてなかったのはオレが甘かっただけだし。それに、"今は"ってことは可能性あるみたいだから」
ニッと歯を見せて笑う兄に、それは無自覚で意識して言ったわけではないと伝えれば「無自覚で思ってる方が嬉しいじゃん」なんて更にご機嫌になってしまった。ご機嫌ついでに私の手を取ってくるくる回り出すものだから、文字通り兄に振り回される。
尾鰭を離して私の手を握り嬉しそうにする兄を見ていて少し安堵した。実はあのまま尾鰭を絡めたまま強行されるのではないかと危惧していた。やっぱりフロイド兄さんは私に優しいなと、ニコニコご機嫌な兄につられて私も笑顔になった。
「早くその気になってね」
フロイドはナマエの頬に軽く、本当に軽く触れるだけの親愛のキスをした。フロイドはそれ以上のキスをしたかったが、ナマエに嫌われたくはない。すいすいと離れていくフロイドを呆然と見ていたナマエは近づいてくる気配に気づけなかった。
すうっと目の前に現れたもう一人の兄に、近くの岩場に身を隠してしまう程驚いてしまった。心外だとばかりに眉を下げるジェイドに、驚かすつもりで現れたくせにと内心で文句を言いながら「ごめんなさい」と口先だけの謝罪をした。
「フロイドに慰めてもらえましたか?」
「あーうん、まあ、傷が癒えたわけじゃないけど」
「ナマエが傷付く必要なんてありません」
「失恋したのに何言ってるの」
「ふふっ明日アズールのところに行ってみれば分かりますよ」
ナマエは半信半疑だったが、翌日、恐る恐るアズールの元を訪れると少し驚いたように迎え入れられた。おずおずと再び今までの猫被りを詫びるナマエに対してアズールは、二度と僕に嘘をつかないと言うのなら不問にすると言った。
今まで通り一緒に過ごす時間を許してもらえたナマエは、好かれていた猫被りの自分を捨て嘘偽りのない自分をアズールに見せる。そして、会う度に嘘偽りのない愛を囁き続けた。