ぼくのもとでねむってください


※現パロ風味
※社会人
※情事を匂わせる表現があります



 日光を遮ってくれるはずのカーテンの隙間から鋭い日差しが入り込む。真夏の強い日差しは遮熱効果のあるカーテンをもすりぬけ家主の眠りを妨げるように部屋の温度をじわじわ上昇させた。ピッという電子音が鳴り、すうっとぬるい風が部屋に入り込む。それは徐々に冷たい風になり家主であるナマエの肩を冷やした。
 薄手のタオルケットを被り直すナマエの横で人影が動く。静かに上体を起こした男が隣で寝ているナマエに体を寄せ、頭に触れるか触れないかのキスを落とした。愛おしげにナマエを見つめた男は一呼吸の間をおいてベッドを揺らさないよう、するりと抜け出し部屋を出て行った。
 未だ眠りこけているナマエはとても疲れていた。月に数回しかない二人の休みが重なる日は、必ず昼ごろまで寝て過ごす。先程出て行った男はナマエが寝ている間に風呂の掃除から洗濯まで、ナマエを起こさないよう気を配りながら手際良く片付けている。ナマエもただ甘えているわけではないが、それがジェイドという男の性分なのだから感謝するだけにとどめて好きにさせていた。

 時計の短針があと三十分でⅫを刺そうという頃、ナマエがもぞもぞと動き出した。けれど起き上がる気配はなく、まだまだ微睡の中にいたいと光を遮るようにタオルケットを深くかぶり直す。ドアが開く微かな音が、入室したジェイドの小さな吐息を巻き込んで静かな部屋に染み入った。
 ジェイドは乱れるタオルケットを捲り上げ隙間に自らの体を滑り込ませた。口元に柔らかな笑みを浮かべ長い腕で家主の体に優しく巻きつけると、ナマエの体がぴくんと反応し身動ぐ。抱き寄せ耳元に口を寄せると小さなリップ音に鼓膜が震えナマエの微睡の膜を揺らした。

「そろそろ起きられそうですか?」
「う〜ん、うん」
「ふふっ辛そうですね」
「主に腰がだるいかな…」
「それはそれは、僕の優しさが裏目に出てしまったようで」
「え〜優しさ?ネチっこさでしょ」
「心外ですね…あなたの体を傷つけてしまわないよう、優しく、丁寧に、奥の方までじっくりと解して差し上げたのに」

 しくしくと鳴き真似でもしてるかのようなわざとらしいションボリ声を出しながら、ナマエの体に回した手は子宮の辺りを優しく撫でさすっている。昨夜の淫らな熱がたちまち思い出したように這い上ってきた。ナマエは流されまいと生温い欲をジェイドの手の甲をつねって捻り潰すも、仕返しとして耳を噛まれたため無駄な足掻きに終わる。
 ナマエは自らの体温が上がっていくのに比べジェイドの肌が異様に冷たいのに気付いた。部屋に来る直前に冷たいシャワーを浴びてきた体は未だに冷えており、その冷たさがナマエには心地よく、冷感を求めて服の隙間から手を入れジェイドの背中へ腕を回した。つい口から飛び出た気持ちいいという言葉にジェイドは悦に入ったような笑いをこぼす。

「くすぐったかった?」
「いいえ、ナマエさんの温もりを直に感じられて幸せなんです」
「えー、言い過ぎじゃない?」

 くすくすと笑い合いながら互いの体温を混ぜ合わせるように背中や腰に回した手が這う。ジェイドの手がお尻から太腿へと伸び前へと移動したところで、そんな気のなかったナマエはハッとする。背中に回していた手で慌ててジェイドの手を押し退けた。
 残念そうな声を出すもジェイドは手を止めることはなく、文句を言うナマエの口を塞ぐと唇を一舐めして離れた。ナマエは、ほくそ笑むジェイドの体を押し返そうとしたが体中を弄る腕は微動だにしない。
 ナマエは出かけたかった。腰が怠かろうが二人の休みが合った日なのだから一緒にショッピングをしたいと思っており、このままジェイドと一日中ベッドの中で過ごすという前回の二の舞は回避したかった。ジェイドの頬を両手で挟むと、むにゅっと頬が潰れ唇がちょっと突き出た。

「はなひへふらはい」
「ねぇ、ジェイドくん。今日はどうしても出かけたいの!もう終わりね」
「………はひ」

 ジェイドの言質を取ってから頬を離すとナマエは掴んでしまったお詫びに触れるだけの可愛らしいキスをちゅっちゅとした。上体を起こしたナマエの腕を掴むジェイドは爛々と目を見開いて、ベッドを抜けようとするナマエを引き摺り込もうとする。

「ホントに起きてしまうんですか?こんな可愛らしいことをしておいて、夜まで待てと?せめてあと一回だけキスさせてください」
「ダメです!ジェイドくんにそれ許したら一回じゃ済まないもん」
「酷いです」
「そんな捨て猫みたいな顔をしてもダメ!」

 恋人同士のじゃれあいから抜け出したナマエはバスルームへ引きこもった。残念そうにため息を吐きながらも、頬が緩んでいるジェイドはベッドから抜け出すとクローゼットを開けてナマエの着替えを用意し始める。これも好きでやっていることで、バスルームで今使っているだろうシャンプーやボディソープ、バスタオルから下着までジェイドがナマエのために選んだものである。
 ナマエの好みまで把握し嫌だと言われても必ず両者納得の物を用意できるだけの能力がジェイドにはあった。今日も暑さを考慮しつつデートという特別感のあるコーディネートを作りナマエのいるバスルームに向かった。
 毎回バスルームに行く度に、シャワーが床を叩く音、ピチャピチャと肌を伝い落ちるくぐもった音がジェイドをドキドキさせる。もう少し時間がかかると分かったジェイドは出待ちしたい気持ちを抑え込み、キッチンへ向かった。

 手際良く料理を皿に盛り付けているところへ料理の温かい湯気とは別のぬるくて優しい湿気が部屋に入ってくる。昨夜の汗を綺麗さっぱり流し、ぴかぴかになったナマエはジェイドの選んだ服のお礼を言ってジェイドの隣に立った。

「体内時計っていうのかな?ジェイドくんって時間の感覚鋭いよね」
「唐突ですね」
「だいたいシャワーあがったらご飯できてるんだもん。すごい」
「僕の準備速度とナマエさんのシャワーの時間が同じくらいなんでしょうね」
「息ぴったりってこと?」
「ふふふ、そうなのかもしれません」

 嬉しそうに声を弾ませるナマエに可愛らしいなと柔らかな笑みを崩さないジェイドは、出来上がった料理を並べる。椅子を引いてナマエを座らせると、最後にティーカップをテーブルに並べた。
 目の前にはトーストとスクランブルエッグ、フルーツ入りのヨーグルト、それからミルクティーが二人分並んでいる。きちんと挨拶をして幸せな表情で食事をするナマエを嬉しそうに見ながらジェイドも食事を開始した。

 ナマエは食事を積極的にとらない。朝食はスムージーやスープといった固形物以外のもので簡単に済ませ、昼はコンビニのサンドイッチとカフェオレ、夜は餃子や唐揚げなど一品プラスお酒を時間をかけて食べ終える。好意的に表現すればジェイドとは真逆で燃費が良いとも言える。
 ジェイドの作った美味しい料理でも少量しか食べない。むしろジェイドの作った料理の方が食べない。最初の頃は口に合わなかったのかとジェイドも気にしていたが、ナマエ曰く『美味しいからこそ食べられない』らしい。料理が美味しいと幸せな気持ちになり、少しの量で満足してしまうのだ。
 作ったものを食べてもらえず寂しく感じていたジェイドだったが、ナマエの食事する姿からは一口一口をよく味わっているのが見てとれる。静かに微笑みながら「ごちそうさまでした」と言われた瞬間、ジェイドの寂しく開いた部分が幸福で満たされた。それで十分だった。

「美味しい?」
「ええ、ナマエさんの愛を感じます」
「作ったのジェイドくんでしょ」
「ナマエさんとの食事の時間は僕の楽しみの一つなので」
「私もジェイドくんのお料理美味しいから、いつも楽しみにしてるよ」

 にこにこ微笑み合いながらナマエは食べ終えたフォークを使い食べきれなかった朝食をジェイドの口へ何度も運ぶ。一人分で物足りないジェイドと一人分も食べられないナマエは、食事においても釣り合いが取れているのだろう。自分と思考や趣味など近い者より、遠い者の方が興味をそそられるし面白いのだ。
 食器洗いは二人でする。本当は作ってくれた代わりにナマエ一人でやりたいが、見ているだけというのがむず痒いジェイドが毎回手伝ってしまうため、効率が悪かろうと二人並んでカチャカチャ音を立てるのだ。それが終われば着替えて髪をセットして、いよいよデート開始だ。

「家電量販店ですか」
「欲しいのがあってね、実物がみたいな〜って」
「てっきり秋物の服でも見に行くとばかり」
「こんなに暑いのに秋物見る気持ちになんないよ」
「後で、少しだけ見に行きませんか?」

 ジェイドはナマエを着飾りたかった。確かに気温は高いが今季新着の服を纏ったマネキンが並んでいるのを見ると、秋が近くまで来ているのを僅かに感じる。涼やかに肌を見せる夏服も良いがシックに身を包み露出の少ないナマエを少しずつ解いていきたいと、興味のない家電が並ぶ通路をナマエの後を追いながら考えていた。
 興味はないがつまらなくはない。目的のものを探す途中で見た目が可愛いもの、新作の家電など目を移らせながら楽しそうにしているナマエを見るのがジェイドは好きだった。観察と表現するのを本人は嫌うが、ナマエが何に興味を示してどんな反応をするのか、ジェイドはナマエから目を離さない。
 欲しいものとはスープメーカーで、多機能か単機能かで迷いながらどうしようどうしようと悩んでいる。ナマエの呟きは他者に意見を求めているわけではなく、ただの独り言だと知っているジェイドはスープメーカーの機能やメリットとデメリットをナマエの横で確認していた。

「いろいろ使えるのって便利だよね…あ!これ離乳食も作れるんだって!」
「そんなご予定がおありで?」
「ん〜、どうなんでしょうね?ジェイドくん」
「おやおや、僕が決めてしまって良いのなら今すぐにでも構いませんよ」
「もうちょっとだけ、待ってね」

 僅かに眉を下げるナマエにジェイドは「いつまでも待ちますよ貴方の一番近くで」と耳元で囁き、そのまま唇で触れる。反対側の商品を見ていた人が目をギョッとさせ居た堪れなさそうに別のコーナーへ足早に去っていった。
 二人は婚約中だ。ジェイドがプロポーズをして半年が過ぎようとしている。未だに入籍していないのはナマエの仕事の都合である。重役とまではいかないがそれなりの責任ある立場のナマエは、苗字が変わると仕事がやりにくくなるために後継の育成や引き継ぎがきちんと終わるまで入籍を見送っていた。
 ジェイドとしては早く自分のテリトリーに入れてしまいたかったが、婚約者という立場を仕方なく受け入れていた。気持ちは早く入籍したいし、仕事も辞めるか完全在宅ワーク可能な仕事に転職するかして欲しいし、何よりも早く一緒に住みたい。
 しかし、あまりナマエを束縛し過ぎると逃げていってしまいそうで我慢するしかない。ジェイドは自分の中でなんとか折り合いをつけ、ナマエに自分の欲求を満たしてもらおうとお願いをするばかりなのだ。ナマエも、大好きなジェイドがいろいろ我慢していそうとは感じているため、ジェイドのお願いは叶えてあげようと心掛けている。

「さっそく作ろ〜」
「氷を用意しなければいけないのでは?」
「あ………」
「たしか、冷凍のフルーツなら作ってありますけど」
「!!さすがジェイドくん!まさか、そこまで考えて…」
「まさか。スープメーカーがかき氷機になるとは思いませんでした」

 帰宅して荷物を片付けた二人は着替えを済ませキッチンに立っている。スープメーカーを買いに行ったナマエの目の前には、ふわっふわのかき氷が作れる機械が置かれていた。もちろん間違って買ったわけではなく、商品を見ているうちにスープはお湯と元があれば機械なんて必要ないけれどかき氷は機械がなければ作れないと、ナマエの気持ちが完全にかき氷機へ移ってしまっただけである。
 家に着いて早速箱から出そうとするナマエを見るジェイドは愉快な物を見るような顔で箱から出すのを手伝っている。刃で指を切ると危ないからと部品をジェイドが洗っている間、ナマエはガラスの器とスプーンを用意して冷蔵庫から目当ての物を取り出した。
 電源コードをコンセントに差し込み冷凍のいちごとブルーベリーをごろごろと入れ、蓋をセットしてスイッチオン。電動で削れたフルーツがガラスの器にふさふさと降り注ぐ。興奮と感動の声をあげるナマエに同調するジェイドは、あっという間に削れてしまったフルーツを補充してもう一つの器をセットした。

「ふぁあはっおいしぃ〜」
「ふんわりしていて舌触りがいいですね」
「練乳さいこう〜」
「ふふっ、甘くて冷たくて火照った体に丁度いいです」

 ふわふわに削られたフルーツはあっという間に二人の胃の中へ消えてしまった。ナマエは器の半分しか食べていないが、満足そうに最高の買い物をしたと笑っている。
 食への興味はあるナマエは何でも食べるが全部は食べられないため、普段の食生活からは食事を楽しまない人と思われがちだ。近しい人はナマエがグルメだと知っている。しかしながらものぐさが災いして普段の食生活が疎かになってしまっていた。
 そんなナマエの前に現れたジェイドは彼女にとって崇めるほどの存在で、ナマエは食への欲求を満たしてくれるジェイドに感謝し尊敬し、その優しさに甘えるようになっていった。
 ジェイドにとってナマエは未知の存在で、興味を惹かれて彼女を知っていくうちに能天気に見える可愛らしさと面白さ、そして自分に甘えてくる所に堪らなくなっていった。自分の気持ちに気付いてからは好意的に思われるようと感情を押し殺しながら慎重に慎重を極めていた。
 そんな中ナマエからお付き合いを申請され、恋愛対象として見られているのか自信のなかったジェイドは驚きながらも冷静に承諾した。二人が出会ってから凡そ二年経っての出来事だ。
 それからは一気に進展していった。仕事終わりに食事に行ったり、休みの日は評判のいいレストランに行ったりして親睦をさらに深めれば互いの家に行くのも簡単だった。ナマエの興味を惹きそうな料理を振る舞うと言って家に呼んだり、相手の家へ手土産として持っていったり。ジェイドの献身がナマエの幸福の器を満たし、ナマエの奉仕がジェイドの欲求の器を満たしているのだ。

 二人は今日も共に眠り、日が高くなってから目を覚ましてブランチも過ぎた頃に朝食を取る。そうして別々の生活に戻り、また次の休みを共に過ごす。それも、もう何回も続かないだろう。今月内には決着がつく予定なのだ。
 来月にはここは空き部屋になり、ナマエは幸せ溢れる空間に足を踏み入れることになる。いつでも一緒になれるよう整えられたテリトリーへ足を踏み入れたらもう、ナマエは真綿のような枷に足を取られ幸福に溺れるしかない。
 隣で疲れを滲ませながら静かに寝息を立てるナマエを抱きしめたジェイドは、枕に散らばる髪を梳き唇で触れた。

「おやすみなさい」

 汗でひんやりする肌をそのままに、己の体温を移すよう抱きしめたままジェイドも静かに目を閉じた。



title by 水声


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