君を殺すだけの簡単なカルマ


私が鬼殺隊に入った理由は、大切に思っていた人が鬼に殺されたからだ。夏の月夜に鬼がやってきて、あの人の腕を鋭い爪で切り裂いた。
たくさん血が流れて、私は目の前で起きているのを見ていることしかできなかった。怖くて怖くて、寝苦しいくらい暑い夜だったのに体がブルブル震えていた。
鬼は朝日に焼かれて死んだらしい。助けを呼びに行って戻って来た家の中を見て私は気を失ってしまった。

その時から私の心は何も感じなくなった。凄惨な出来事だったのにハッキリと思い出せるのに、記憶を思い起こしても何も感じなかった。
大切な人を失った悲しみ、襲って来た鬼への恐怖心や憎悪、見ているだけで何も出来なかった後悔や嫌悪、戻って来たときの絶望感。
あの時のいろいろな感情がただ、そう思っていたという記憶の情報になっていた。
今は別に何も感じないけれど、記憶にある自分の感情を考えて鬼狩になると決断したんだ。

「カァァ、仕事デス!最初ノ仕事!」

各個人に一羽渡された鎹鴉はひとつも鳴く事はなく静かだった。出来上がった日輪刀を受け取って四半刻も経たないころ、初めて鴉が鳴いた。人語を話す鴉を初めて見た。
指令はここから北東にある町で夜な夜な人が消えているから今すぐに迎えというものだった。

支給された隊服に身を包み露出した脚は脚絆きゃはんと足袋で覆い、日輪刀は桔梗色の羽織に隠し修行した山を降る。
道すがら肺を鍛えようと呼吸を使い山を駆け降りた。最初は意識しても半刻も続けられなかった。
毎日肺を鍛え足腰を鍛え刀を振り続けると、徐々に集中力も上がり呼吸を続けられる時間が長くなっていった。
指南ノ書には寝ている間も呼吸を続けられるようになるのが基本だと書いてあった。寝ている間の事は知る由もないのだけど。

仕事の町まで来るのに丸一日かかった。
町で調査したところ鬼は広い屋敷の主人らしい。鬼になって最初に屋敷の人間を喰ったようで、逃げ遂せた人は気が触れたと思われ町の療養所にいた。
鬼によって家族を失った人達はその人の言は真だったのだと深い悲しみに暮れ、それが伝播し町全体の活気が無くなっていた。

昼間のうちに屋敷に立ち入ると外観は綺麗なものの屋内は血が飛び散り物が散乱し酷い匂いだった。
日の当たらない場所を探していると、地下に続く階段を見つけた。物音を立てないよう注意しながら進むと燭台に照らされた鬼が見えた。

星の呼吸
弐ノ型 "流星の雨りゅうせいのあめ"

壱ノ型を出すが気付かれ鬼が鋭い爪で攻撃してきたため上方に飛び上がり、弐ノ型を出し一撃で頸を落とした。

「カァカァ、次ノ仕事デスヨ!南東ノ山ヲ超エマス!ソノ先ノ森二アル邸二鬼ガ潜ンデマスヨ!」

地下から出てきたら鴉が鳴いた。一息つく暇もなく仕事に行かなきゃいけないなんて、いつか倒れてしまうかもしれない。

途中遭遇したのは猪の皮を被った隊士だった。問答無用で勝負を挑まれて刀を交えてしまったけれど、御法度に触れているのではないか。斬りかかられたというのは、正当な理由になるのか。

「いいねぇ、いいねぇ!お前、雌の割には良い牙持ってんじゃねぇか!」
「あなたはとっても力が強いね」

単純な体格差が一撃の重さに出ている。受けるだけで絶対に攻撃はしない。正当防衛にならなくなってしまうから。
しかし、隊士同士で争っても何にもならないのに何を考えているんだろう。
ああ、分かった。隊士同士の争いが御法度なのは負傷したり死亡してしまったら、自分の手駒が減るから御法度なんだ。
上の人の無益になる事を禁じているのだというのが分かった。猪男の考えは全く分からない。

「刀が磨耗しちゃうから素手でやらない?」
「よくわかんねぇが、いいぜぇ!」

これ以上御法度に触れるような事はしたく無いので逃げようと考えた。鴉が言うにはもう少しで邸に着くらしいので、移動しながら全て避けて目的の邸まで行こうとした。
けれど猪男の体術は素早く、体が柔らかいのか考えられない体勢から攻撃してくる。避けるので精一杯で移動なんてとても出来ない。

「うぐぅっっっ」
「どうだ!凄いだろう俺は!!」

猪男の動きに翻弄されて一瞬防御が遅れてしまい、左の鎖骨に蹴りが当たった。息をするのも痛くて苦しいけど、呼吸をする。
幸い骨はほとんどズレていない。力が入り難いけれど、呼吸をして筋肉を意識してなんとか骨を正常の位置まで戻せた。
持っている包帯と羽織を使ってギチギチとなるべく動かないように縛った。

「おい!そんなんじゃ戦えねぇだろ!!」
「もう戦えないよ、折れてるもん。あなたの勝ちだよ」

そう言うや否や走り出した。後ろで何か言っているけれど無視して走る。
呼吸を乱さず、体の隅々まで酸素が行くように筋肉が力強く機能するように意識して走った。

「邸ってあれ?」
「ソウデスヨ、カァ」

立派な邸は二階まであり、たくさん部屋がありそうだなと思った。けれど、家の周りは植物が茂っていて人が住んでいたのは随分前のように思われた。
そのまま邸に侵入すると、玄関だと思って飛び込んだ扉の奥は畳の部屋で一瞬足が止まってしまった。

「猪突猛進!猪突猛進!」

グォオオオォオオ
ポンッ ポンッ

猪男が追いついてきたので咄嗟に隣の部屋に駆け込むと森中に響く程の吠えるような声がした。鬼だろう。
それより何かを叩く音が響いた瞬間に部屋が変わった事が不思議でならない。試しに部屋の襖を開いてみると、外の景色が広がった。しかも二階からの。
別の襖を開くと箪笥が置かれた畳の部屋だ。
左腕が包帯ぐるぐる巻きで勝てるか分からないけれど、この邸に鬼がいるのは明らかなので一部屋ずつ開けて探していくことにした。


星の呼吸と主人公について

弐ノ型 流星の雨(りゅうせのあめ)
空中や足場の悪い所で活きる技で、空から降り注ぐ星のように見える。
二連撃まで出来るが今回は一撃で頸を落とせた。

隊服:黒の詰襟に膝丈のスカートを履き桔梗色の羽織を着用している。足元は脚絆に草鞋。

心因的理由で拾われる前の記憶を無くしている咲。
自分を救ってくれた人達を亡くした時も気を失うほど精神的なショックは大きかったが、何も感じなくなった理由は別にある。

title by : 天文学

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