或る男の独白・壱


鬼の入った箱。炭治郎が命より大事だって言っていた箱。今まで聞いたことない優しい音がする炭治郎だから、きっと納得できる理由があるって信じてる。
こんな訳わかんない猪頭に箱は壊させない。優しい炭治郎の大切なものを守るんだ。

「あぁ!?…お前は俺に負けた雌じゃねぇか」
「鬼を斬るのは理由を聞いてからでも遅くないよ」

猪頭の近くで女の子の声がした。顔を見なくても声と音ですぐに分かった。
最終選別で俺を助けてくれた不思議な音のする子だ。咲ちゃんもこの邸に来ていたんだな。
あの時はすぐに逸れて絶望しかなかった。死んだと思った。まだ生きてるけど、俺はきっとすぐ死ぬから再開するなんて思わなかった。
彼女には情けない姿を晒してばかりだな。

やっぱり分からない。どうしてなのか、咲ちゃんから聞こえてくる音をどんなに注意深く聞いても何を考えているか知ることが出来ない。
人間の女の子の音がするのに、それ以上の情報を彼女の音から知ることができない。
だから咲ちゃんがこんな俺をどう思ってるのかなんて全く分からない。いや、こんな情けなくて弱い俺を見ているんだから好かれてはいないさ。そんな事は音を聞かなくたって分かる。

「そうじゃない、我妻さんを蹴る必要が無いって!言ってるの!」

え?もしかして俺を庇おうとしてくれたの?優しい子なんだな。ごめんね、俺が強かったら猪頭に突き飛ばされる前に助けてあげられたのに。
その肩だって相当酷い怪我をしたんだろうな。ぐるぐる巻きになってるもんな。

目の前の箱を庇う事しか出来ない俺が情けない。でも守りきるんだ。炭治郎が戻ってくるまで、どんなに痛くたって箱から離れないぞ。

「やめろ!!!」

炭治郎が猪頭を殴ったっていうか骨!猪頭の肋が折れた音がした。
骨を折った炭治郎に驚いて炭治郎の大切なものを守れたという安堵感が吹き飛んだ。炭治郎が俺のために怒っている事は嬉しい。本当に炭治郎は優しくていい奴だ。
俺が強かったら炭治郎がこんなに怒る事も無かったよな。強くなりたい。

「包帯がもう無いんだけど、取り敢えずこれで傷口抑えて」
「…ありがとう」

二人が拳を交えているのに夢中で、咲ちゃんがいる事に気付かなかった。差し出された手巾を惚けたまま受け取った…この子もしかして俺のこと好きなんじゃ無いか?
だってこんな何度も俺の事心配したり助けたりしてくれるんだぜ。全く聞こえてくる音からじゃ判断できないけど絶対そうだろ。

感動のあまり咲ちゃんから目が離せなずにいたら、俺から手巾を奪って傷口に当てて血を拭ってくれる。
もう絶対そうじゃん。俺の事好き確定じゃん
大きな丸眼鏡であんまり分からなかったけど美少女じゃないか。特徴的な瞳には吸い込まれそうな魅力があるし白銅色の髪はとても柔らかそうだし。
あーーすっごいドキドキしてきたーーー。

ゴシャ!!!

「うわあああ!!音!!頭骨割れてない!?」

うわああああ咲ちゃんに見惚れていたら耳に不快な音が届いた!!最悪だ!さっきまでの俺の気持ち返せよ!心臓がすっごい幸せに跳ねてたんだぞ!!
不快感で跳ねてた心臓が元に戻ってしまった。しかもムキムキなのに顔が美少女なんて(美少女顔が)勿体ない。体に見合った顔にしろよ。なんとなく気持ち悪い。

さっきまでの俺たちの甘い雰囲気がどこかに行ってしまって心底残念でならない。
伊之助が泡吹いて倒れたのを見た咲ちゃんはさっきまで俺の心配してたのに彼奴に駆け寄って、口に手を近付けたりしていた。
ていうか咲ちゃんが伊之助のムキムキの胸板に頬を寄せている姿なんて見たく無かった。

「伊之助の心音ちゃんと聞こえてるよ!!だから早くそいつから離れて〜〜」
「そんなに離れてるのに聞こえてるの?」
「俺耳が良いんだよ。だから聞こえるの」
「我妻さんって凄い特技を持ってるんだね」
「そ、そんなことないよぉ〜〜」

この子の考えは全く分からないけれど、嘘を吐いたり、上辺だけの女の子じゃなさそうだなって感じた。
だから、より一層褒め言葉が嬉しい。咲ちゃんは本心で言ってくれてるんだな〜俺の事好きなんだもんな〜。
デレデレしていると、炭治郎がなんか凄く温かい目で見ていた。なんでそんなに優しい音させてんだ炭治郎。

それから、咲ちゃんの指示で伊之助を安静に休ませる事になった。不本意だけれど体に羽織を掛けてやった。
邸にはもう鬼は残っていないから皆で殺されてしまった人の埋葬をした。咲ちゃんには左腕が使えないから無理しない方が良いって言ったんだけど、大丈夫の一点張りで土を黙々と掘っていた。頑張り屋さんでかわいいなぁ。

伊之助が起きてまた煩くなった。咲ちゃんは優しいから伊之助の体調を凄く心配しているけれど、彼奴は咲ちゃんの心配をよそに木に頭突きをしたり無駄に走ったりしている。
咲ちゃん優しいから伊之助から目が離せないんだな。失神した後だってのに大人しくしとけよな。まったく咲ちゃんの関心が奪われているのが癪だぜ。

埋葬が終わり鴉の案内で山を降ることになったけれど、途中までで正一君たちは別の道を行くそうだ。縋り付いて引き止めようとしたのに炭治郎に気絶させられて、正一君は兄弟達と帰ってしまった。許せん。

「私は大切な人達と山で生活してたんだ」
「そうか伊之助も咲さんも山育ちなんだな」
「お前らと一緒にすんなよ俺には親も兄弟もいねぇぜ」

俺は気を失ってたけど皆の会話を覚えている。楽しそうに会話していていいなあって思った。
咲ちゃんの音はどんな時も変わらず平常の音がする。起伏もしない…ように感じる。
考えている事が分かりそうになるのに、気のせいだったかもと思ってしまう。咲ちゃんは、そんな不思議な音のする子だ。
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