或る男の独白・弐
名前はなんていったか忘れたが、今まで感じた事ない気配の奴だった。野生の動物とも鬼とも違う。人間にしちゃ気配が希薄だったから、凄え強い奴だから気配消してんのかと思って勝負を仕掛けたんだ。
刀で斬りつけると、上手いこと躱したり刀で攻撃を去なしたりしてきた。
俺の動きについて来られるなんて雌にしちゃできる奴だと思って、期待で体がぞくぞくし始めた。けど、そいつは俺相手に突然、素手でやろうなんて馬鹿な事を言ってきた。
だからお望み通り刀を仕舞い、素手でやり合った。刀無しで俺様に挑むなんて大した度胸だと思った。しかも、俺の柔軟な攻撃を初見でかわす身体能力。こいつはやる奴だと思った。もっと競いたいって思った。此奴は躱すだけで本気でやり返してこないから、どこまで追い詰めれば本気になってくれるのかって楽しくなった。
なのに、骨が折れたくらいであっさり負けを認められて落胆した。こんな簡単に骨も心も折れるやつなのかと、本気を見せないまま一方的に勝敗をつけられて腹が立った。
当然、俺の方が勝っているだろうがそれを知らしめるのにお互い本気でやり合って、勝敗をハッキリさせなきゃ腹の虫がおさまらない。勝負の途中で本気も出さずに逃げやがって、勝ちを拾えって言うのかよ!気にくわねぇな。
「俺は勝っちゃいねぇ!今度は本気で俺と勝負しろ!!」
彼奴は本気じゃなかった。俺に怪我させないように戦ってやがった。勝負に怪我は付き物だろうが、勝負ってのはお互い万全の状態かつやる気がないと面白くねぇ。
まあ、彼奴が本気出したところで勝つのは俺だけどな!本気じゃねぇ奴に勝ったところで面白くもなんともねぇから、次は本気で戦ってもらうぜ。
って考えてたんだが忘れてた。変な邸の外で鬼を庇って血を流しながら、刀を抜いて戦おうとしない弱味噌を再び蹴ろうとした瞬間に腕を強く掴まれて思い出した。
「あぁ!?」
「鬼を斬るのは"たんじろう"さんから理由を聞いてからでも遅くないよ」
大きな丸いガラスを顔に着けてる変な雌だ。此奴はやっぱり気配が薄い。俺が背後から簡単に腕を掴まれるなんて、やっぱり只者じゃねぇなと感じた。
「意味分かんねぇな!鬼殺隊士は鬼を斬るのが仕事だろうが!」
「まだ日が高いから鬼は箱から出て来られないでしょ。持ち主から理由を聞くまで待ってって言ってるの」
「昼も夜も関係ねぇだろ!!」
何奴も此奴も目の前の箱に鬼がいるってのに、斬るなと言ってくるのが分かんねぇ。鬼は倒さなきゃいけないんじゃねぇのかよ。訳分かんねぇな。
ぎちぎちと掴まれる腕を振り払うと、簡単に尻餅をついている。そんな状態で俺に挑んでくんじゃねぇよ。
「ぐっ…そうじゃない、我妻さんを蹴る必要が無いって!言ってるの!」
こんな弱味噌のこと庇ってんのかよ。つまらねぇ奴だな。もういいから此奴ごと斬っちまうかと思った瞬間、腹に拳を叩き込まれて理解したぜ。
素手ならいいんだってな!あの雌にも同じ事言われたのを思い出したぜ。だから、あの時素手でやろうなんて言ったんだってな。
目の前の勝負の愉悦に浸っていたら、でこっぱちに頭突きされ、もう戦わないとか言われて言い合いしてたら気絶しちまった。情けねえ。
「ちょっと止まって!急に激しく動いたらダメ」
「ああ?何でだよ」
「さっき失神したからだよ」
「今は何ともないぜ」
「それでも念のため激しい運動はしない方が」
「って何してんだァ!お前ら!」
目が覚めて再び勝負しようとしたら彼奴に止められた。まだ安静にしてろとか言ってくる。もう何ともねぇのに、やたら気にかけてくる。なんだか落ち着かねぇなと思った。
無視して勝負するぞと思ったら、他の奴らが穴掘って殺された奴らを埋めてた。生き物の死骸を埋める意味は分かんねぇけど、彼奴らに舐められるのが癪で誰よりも埋めるために走ったり掘ったりした。
心配そうに俺の後についてくる彼奴は一体何考えてんだ。腕も使えねぇのに俺の体調ばっか気にしやがって。
「大丈夫だって言ってんだろ!俺が一番にやるんだからな!お前こそそんな腕じゃ役にたたねぇだろうが!休んどけ!」
「…私のこと気遣ってくれるの?ありがとう」
ほわ ほわ
「は?違ぇよ!俺が一番やるんだから、邪魔すんなって言ってんだ!」
なんだか胸のあたりがほわほわ温かくなって落ち着かない。なんなんだ。くそ、負けねぇぞ!
これ以上俺をほわほわさすんじゃねぇ!!