眩い光が咲くところ


私の知識は、いつどこで得たんだろうかと疑問に思う。
咲ちゃんはもしかしたらお金持ちの家の子かもしれないねって言われた。見たことない形状の服は、とても肌触りがいいらしい。
私が覚えていた"よこはま"という言葉は、地名で外国と貿易するような都市だという。だからきっと今の流行りの最先端をいく服装なんじゃないかと、おかあさんは興味深そうに生地を触っていた。

横浜から離れた処に来たのは人攫いに遭ったのかもしれない。山の中で倒れていたのは、命辛々逃げてきたからかもしれない。自分たちが見つけられて良かった。

いろんな"かもしれない"を聞いたけれど、どれも私の記憶に引っかかる物はなかった。
何があるか分からないから記憶が戻るまで家にいていいんだよって言われて安心したけれど、その家族の生活振りを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

つまり何が言いたいのかというと、たとえお金持ちの家で知識を得たところで経験なんてしたこと無いはず。
私には医学の知識だけでなく、経験もあるみたいだった。そう思ったのは、骨折した箇所を見たお医者様が応急処置としては完璧だと言ったからだ。
なんとなくでやって完璧に出来るとは思えなかった。

このお医者様は、藤の花を家紋とする家の人が呼んでくれた人だった。この家紋の家の人は鬼殺隊の協力者で、鬼狩に無償で尽くしてくれるらしい。
夜突然やってきた鬼狩四人を快く迎え入れ医者を呼び、寝食も提供してくれて更にそれが無償
どれほどの恩があれば、ここまで尽くしてくれるのだろうか。私には計り知れないことだった。

お医者様によって、しっかりと左半身をギチギチと包帯でグルグル巻きにしてもらった。一寸も動かせそうにない。
片腕では支度がなかなか難しく手間取っていると、すっかり遅くなってしまった。
用意してくれた布団に横になろうと悪戦苦闘していると、隣室から悲鳴が聞こえ急に賑やかになった。
こんな夜更けに騒いだら家主にも迷惑になると思い廊下に出た。月があんなに高く登っている。

「鬼殺隊を舐めるんじゃねぇぇぇ!!!」

少し開いた障子から、我妻さんの大きな叫び声が夜空をビリビリに破かんばかりに響いてきた。
一体中で何が起こっているのだろうか。下山するときに、我妻さんを気絶させてしまったことが原因だろうか。

「こんな時間に何してるの?」
「咲!?」
「炭治郎〜〜!こんなに可愛い女の子だけじゃなく、咲ちゃんにも手ぇ出そうってのか!!?粛清してやる〜〜〜!!!」

障子を開け見えた室内は混沌としていた。
嘴平さんに殴られても刀を抜かなかった我妻さんが抜き身の刀を手に竈門さんを追いかけ回し、竈門さんは戸惑った様子で逃げており、嘴平さんは被り物をしたまま鼻提灯だして寝ている。
それから初めて会う麻の葉柄の着物を着た黒髪の女の子がぼうっと立っている。竈門さんが背負っていた箱が開いている。この子が鬼なんだ。

今まで会った鬼は理性なんてものは感じなくて、人間は喰うものという認識をして目についた人間を襲うような。そんな鬼ばかりだと思っていた。
けれど目の前にいる私と同じ歳くらいの鬼は醜悪さは微塵もなく、同じ鬼とは思えないくらい凶暴さがない。
人間と変わらないように見えるけれど爪は鋭く尖っているし、人喰い防止なのか竹の轡を咬まされている。

「むー」
「私の名前は咲だよ。よろしくね」
「むーむー」

喋れないけれど、意思疎通は図れるみたい。鬼ってだけで斬られなくて良かったね。
そう思って見ていると、女の子は困ったように笑って私の手を握ってきた。ふんわりして優しい手だった。

この子は、竈門さんとどういう関係なんだろうか。女の子と竈門さんをじぃっと見ていると、何度か竈門さんと目が合った。
あなたの大事な子に危害は加えないよと安心させるつもりで笑い掛けて意思表示をした。
もしかして、家族なのかな。竈門さんは周りを良く見ているし気配りもできる、心優しい人だと思う。
そういう人は家族を大事にしていると思うんだよね。この子の事を命より大事って言うくらいだから、家族なんだと思う。
竈門さんのお姉さんかな?妹さんかな?竈門さんも歳が近そうだから、よく分からないな。

そんな事より私は騒がしいのを止めに来たんだ。それなのに身体が疲れているからか何となく動きたくないような感じがした。
私は女の子の手を握ったままゆっくりと畳の上に腰を下ろした。手を引かれるように女の子も私の隣に座る。

今までずっと静かだった。私が十歳の時にお母さんとお父さんが死んでしまって、残された私たちの間の溝が深まったし殆ど口を聞かないような日もあった。
十一歳から鬼殺隊に入るための修行を開始したけれど、それも山奥で一人でしていたから賑やかさなんて無かった。

「むーむー」
「え?」

女の子が私の頭を撫でている。人を慈しむようなそんな表情で、そっとそぉっと頭を撫でられる。
なんで反応をしたらいいのか分からなくて、とりあえず感謝の言葉を口にした。本当にどうしたらいいのか分からない。
私は握っていた右手をやんわり解いて、女の子の頭を撫で返した。髪がさらさらしている。

「!?可愛い女の子同士が戯れている!」
「禰豆子…よかったなあ」

いつの間にか、我妻さん達の追いかけっこが終わったようで走り回っていた二人がピタリと止まり私達を見て話している。
二人がどんな話をしているのか良く聞こえないけれど、我妻さんが刀を仕舞うのを見てもう大丈夫だなって思った。

壁にもたれて座る体勢って意外と辛くないんだなって思った。それから行灯の暖かい光が消えていき、徐々に二人の会話が聞こえなくなり静かになった。
そして目を覚ました時に気付いた。今は布団にいるけれど、座ったまま寝落ちしちゃったんだって。
みっともない姿を晒してしまったと反省した。

翌朝、廊下で竈門さんに会った時に謝罪をしたけれど、座った体勢で寝て変に体を痛めていないかと心配までされてしまった。気遣いのできる人だなと思った。
それから、我妻さんの提案で朝食を一緒に取ったり改めて自己紹介をしたり(妹の禰豆子ちゃんを紹介され炭治郎さんと善逸さんと呼ぶことになった)、炭治郎さんをやたら挑発する嘴平さんを嗜めたりした。

完治するまでの間に"全集中の呼吸・常中"が出来る様に特訓したかったけれど、鎖骨を痛めていると周囲の筋肉に力が入るだけで痛むため出来なかった。
碌に肺を鍛えられないまま緊急の指令を鴉が告げた。個人ではなく、四人共同じ任務のようだった。
一刻も早くという事と全員同じ任務ということは、強い鬼がいるのか複数の鬼がいるのか。もしくは、その両方かもしれない。

しばらく休んでいて緩んでしまった気を引き締めて、 那田蜘蛛山なたぐもやまへ向かった。


星の呼吸と主人公について

山に倒れていた時に着ていた服は白いブラウスに楊梅色やまももいろのジャンパースカート、白い靴下に黒鳶色くろとびいろのローファー。
眼鏡はかけておらず、掛け始めたのは修行を開始してから。
修行は空気の澄んだ山奥。空気が薄く生き物は殆ど生息していない。
生物が生活するような場所ではないので、鬼も現れなかった。

title by : 天文学

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