偽者は声高らかに


藤の花が門に描かれている家は鬼殺隊の隊士には大変有難い家で、夜になると家には藤の香りが優しく漂う心身共に休める場所である。
緊急の指令により出立する際も"切り火"で見送られ、名残惜しくも駆け足で目的地に向かった。

「待ってくれ!ちょっと待ってくれないか!!」

目的の山が近づいて四人の間に緊張感が漂い始めた頃、善逸さんの力強い声で皆の足が止まる。
何事かと思えば、目的地が近づいてきた恐怖で動けないようだった。座り込んでしまった善逸さんに「お前らが異常だ!」と言われて、少なくとも私はその通りだなと思った。

善逸さんを説得しようとしたけれど、炭治郎さんが何か感じたようで山の入り口を振り返る。
そこには、腹這いになった鬼殺隊員がいて三人で駆け寄った。炭治郎さんが声を掛けるも、その隊員は突然何かに吊り上げられるように上空へ飛んだ。
私は後を追って飛び上がるも、手は届かず隊員は暗い森の中に吸い込まれてしまった。

後方で立ち竦んでいる様子の二人に構わず森に入ろうとしたけれど、威勢の良い声が聞こえてきたので足を止めた。

「お前はガクガク震えながら後ろをついて来な!!腹が減るぜ!!」

こんな時にお腹が空いたのか思ったけれど、ただの言い間違いだったみたいでそのまま一緒に入山した。
善逸さんがいないって気付いたのは、蜘蛛の巣の多さに嘴平さんが苛々しだした時だった。
説得するの忘れていたなと考えていたら、鬼殺隊の人を見つけて声を掛けた。

事情を聞いていると隊服をきた人が現れ斬りつけてくる。何やら操られているようで、糸を斬っても小さな蜘蛛が再び糸で繋いでしまう。
私の足にも蜘蛛が這い上がり糸で繋いできた。空中に引っ張りあげられたけれど、何とか糸を斬ることができた。このままではキリがない。
地面に着地する瞬間、上空に何者かの影を見た気がして見上げると蜘蛛の足のような髪型をした子供の鬼がいた。

「僕たち家族の静かな暮らしを邪魔するな」

この鬼は何を言っているのだろうか、静かに慎ましく生活している人を襲って喰っているのは鬼の方だろう。
それを倒しに来て何を咎められなきゃいけないのか。先に人々を脅かしたのは鬼達だろうに。

その鬼は、ただ言いたいことを言って静かに夜空を歩くように何処かへ行ってしまった。
今の鬼は操っている鬼ではないようで、"かあさん"という鬼が操っている鬼のようだ。母さんがいるのだから父さんも居ると思う。もしかしたら兄弟もいるかもしれない。
一体どのくらいの鬼がこの山にいるのだろうかと思いながら、村田さんと一緒に操られた隊員達の糸を斬っていく。

「ここはもう大丈夫だ!君も先に行ってくれ!」
「二人の方が何かあった時いいと思います」
「いいや、先に行ってくれ!ここで操られている者達の動きは単純だし俺も慣れてきた!それより操っている鬼を倒す方を優先するべきだ!」
「分かりました!では、また後で」

確かに操られている人数も少なければ、動きもただ刀を振っているだけだ。ただ、相手を傷付けずに糸を斬り自分を糸に繋ごうとしてくる蜘蛛に気を付けながらというのは、なかなか神経が擦り減っていく。
村田さんが大丈夫と言うのだから信じようと思うし、彼の言う通り鬼を斬ることが重要だと思う。

二人が向かった方角に走って来たけれど姿が見えない。操られた隊士も鬼も見つからない。
もしかして、全く違う方向に来てしまったのかと思い始めたところで白い着物姿の鬼の後ろ姿が見えた。
私に気付いていないのか、全く気にした様子はなく一目散に何処かに向かっているようだった。
別に名乗る必要もないし、背後から斬ってしまおうと刀を構える。

星の呼吸
伍ノ型 "星々の密語ほしぼしのさざめき"

木々を次々蹴る度に速度を上げ目標に近づいて行く。ちょうど真後ろに来た時に刀を振り抜いたけれど、頸には届かず僅かに髪を斬った程度で避けられてしまった。
鬼は顔を歪めて手を突き出し、そこから糸を束にして放出してきた。
私は再び木を蹴って糸の攻撃を躱した。私の周辺は木が密集しているため、何とか躱すことができた。

「あんたに構ってる暇は無いのよ!」

何をそんなに急いでいるのか知らないけれど、あの糸に触れるのは危ない気がする。
糸が束になって襲ってくる。きっと拘束されたり締め上げたり、ぐるぐる巻きにされて窒息なんてこともあるかもしれない。
どうやって戦おうかと考えながら逃げる鬼の後を追っていると、見知った人達に遭遇した。

「咲!?」
「おおお!!ぶった斬ってやるぜ!!」
「お父さん!!」

私が追っていた女の鬼は、急に方向を変えると"お父さん"を呼んだ。呼ばれて出てきた鬼は、私達と女の鬼を分断するように上から川に落ちてきた。
その鬼の顔は私が今まで見てきた人間の顔をした鬼ではなく、鬼というより蜘蛛の怪物だった。
この鬼も家族の平穏を脅かされるのに怒っているみたいだけれど、私達と相容れない存在なのだから仕方ない。

鬼の力は凄まじく、私達が立っていた場所の地面と水が周囲に弾け飛んだ。
二人が前方から斬りかかり私は後方から斬りかかったけれど、硬くて刃が通らない。
鬼の体を蹴って刀を抜き後方へ飛んで体勢を立て直し、再び刀を水平に振りかぶって突進した。

星の呼吸
壱ノ型 "妖星の…

ガッ

周囲の羽虫を振り払うように振り払われた。鬼の体が大きい分間合いが広いし腕も太い。
私みたいに体重が軽いと簡単に吹き飛んでしまう。少し離れた場所まで飛ばされてしまった。
伍ノ型で木々を蹴って近づいていくと、木が鬼の上に倒れるのが見えた。炭治郎さんが斬ったんだ。
動きが封じられた今なら何とか頸を斬れると思った。けれど、鬼は倒れた太い幹を掴んで炭治郎さんを薙ぎ払ってしまった。あっという間の事だった。

「伊之助!咲!死ぬな!!そいつは十二鬼月だ!!俺が戻るまで死ぬな!」

衝撃は上手く去なしたようで、遠くに飛ばされながらも炭治郎さんは私と嘴平さんに「死ぬな、絶対に死ぬな」と繰り返し叫んでいた
嘴平さんは、それを呆然と見ている。
私達の刃は通らなかった。私より腕力のある嘴平さんと協力するのが最適だ。
協力といっても策を考えるのに鬼は待ってくれない。私は嘴平さんに声を掛けると、直ぐに我に返ったようで林の中へ一旦身を隠した。

嘴平さんは身体中に刀傷があり出血している。顔色は分からないけれど、ずっと黙っているので相当疲弊しているのかもしれない。
参ノ型を使えば或いは可能性はあるかも知れないが、刃が通らないので上手くいかないかもしれない。試してみなければ分からない。
何と言って協力を請えばいいだろうか。

「考える俺なんて俺じゃねぇぇえぇ!!」

隠れていた木を殴り倒されて、走り出した嘴平さんが叫びながら鬼に向かって行った。そして刀を刀で叩いて鬼の右腕を斬り落とした。確かに二本あるのを利用したいい案だと思った。
通らない刃が通ったため喜びの声をあげる嘴平さん。鬼は逃げるように走り出してどこかへ行ってしまった。

「何逃げてんだコラァアア!!」
「手分けして探そう」
「見つけるのは俺が先だぁあ!!」

鬼の逃げた方向に走り出し、別々に探した。けれど直ぐには見つからない。
何かが激しくぶつかる音がして、急いで向かうと鬼と嘴平さんが戦っていた。なんだか鬼が大きくなっている。
急いで向かわなきゃ。見間違いじゃなければ今、嘴平さんの刀が折れた。

星の呼吸
参ノ型 "跳梁火球ちょうりょうかきゅう"

脚は壱ノ型の時のような突進する強さで地面を蹴って飛び上がる。頸の高さまで来た時に高速でうなじの辺りを斬りつけた。
私の刀も折れた。簡単に折れた。折れても斬り続けたけれど、もう刃は粉々に砕けていた。そのまま地面に落下する私の頸を鬼が掴んだ。
咄嗟に腕で防がなければ、頸の骨が折れていた。折れるのも時間の問題かもしれないけれど。

同じように頸を握られ鬼の頸から刀が抜けなくなった嘴平さんを横目に見る。腕の骨が折れ頸椎が握り潰されるかと思った瞬間、頭を過ぎったのは五歳くらいの子供だった。
殴ったり叩いたりしている男の子を止めようとするけれど、簡単に振り払われ転んで尻餅をついた。
激しく泣き叫びながらも止めさせようと必死な様子だ。

何となく私に似てる気がした。
これは走馬灯というものなんだろうけれど、私はこの光景に見覚えはなかった。


星の呼吸と主人公について

参ノ型 跳梁火球(ちょうりょうかきゅう)
高速で何度も斬りつける怒涛の連撃で鬼の肉を抉る。飛び散る様は火球のよう。
今回は空中で型を出したが、本来地上でやる技なので威力が下がった。それを軽減させるため壱ノ型の脚使いを併せたが、硬かった。

伍ノ型 星々の密語(ほしぼしのさざめき)
障害物のある場所で活きる剣技。
脚力を段階的に上げる事により速度も上がる。今回は鬼に近づくために木々を蹴っていたが、素早く障害物から障害物へ移動する事によって撹乱も可能。
速度を上げながら各個撃破も可能かもしれない。

走馬灯が走っても記憶は戻らなかった。五歳くらいというと山で倒れるより以前の記憶だけれど、この光景を見たという感覚は少しも無かった。

title by : ユリ柩

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