砕けきった星と泣き虫は


また小さな私がいる。私の潜在意識のようなものなのだろうか。ずっと泣いている。そんなに目を擦ったら赤くなっちゃうよ。
ごめんね、ごめんねってずっと謝っている。私は誰かに謝りたかったのかな。

まあ確かに、拾ってくれた大切な人達には感謝と同じくらい謝罪もしなくちゃいけない。
でも注意深く聞くと、この小さい私は私に謝っているのに気が付いた。

「ちゃ…ご、めん…ごえんねぇ、咲ちゃ…咲ちゃん。まもれ、なくて…ごめんね」





目を開けると白い空間ではなく木造の天井が見えた。なんだか夢を見ていた気がするけれど、霞がかかったように思い出せない。
夢なんて寝て起きればすぐ忘れるものなので、まあ良くある事と思って体を起こそうとした。

「っ!?」

そうだ忘れていた。蜘蛛顔の鬼に首と腕をやられたんだ。あの鬼殺隊の人が来たおかげで私も嘴平さんも助かった。
あの硬かった鬼をあっさり斬っていて、私達は格の違いを目の辺りにした。

私は折れただろう右腕に添木をしたり包帯で固定したり今でき得る限りの処置をしていたから、嘴平さんがいつの間にか木に吊られていてどうしたのかと思った。
嘴平さんが隊士の強さに興奮して勝負を挑んでいるのは聞こえたけれど、次の瞬間には木に吊るされていたんだから凄い早技だったんだろう
重傷だというのに無理をしたせいで上手く声が出せなくなっていた。治るそうだけれど。

後から聞いた話、鬼殺隊には十階級の他に"柱"と呼ばれる手練れの隊士がいるそうで、山で助けてくれたのは冨岡義勇さんという"水柱"の人だった。
そして、今私がいるのが柱の一人である"蟲柱"胡蝶しのぶさんのお屋敷。ここで手当てを受け療養することになった。

一緒に那田蜘蛛山へ行った炭治郎さん達もここで療養しているみたいだった。もちろん病室は別なのだけれど、何やら薬の飲み方がどうこうと善逸さんの叫ぶ声が響いてきたり、嘴平さんを励ます声が度々聞こえてくる。
相変わらず賑やかな人達だなと、ひとりぼっちの病室で静かに横になっている。今は確り身体を休めることに専念しようと、出された食事は残さず確り食べ確り休んだ。

先の任務で知り合った先輩隊士の村田さんがお見舞いに来てくれたりもした。愚痴が多かった
蝶屋敷に来て一月が経過した頃には、怪我も八割回復していた。そろそろ肺を鍛える訓練をしても大丈夫かなと考えている。

「こんにちは。体の方はどうですか?」
「だいぶ回復したように思います。ありがとうございます」
「そうですか、そろそろ"機能回復訓練"をしましょう」

戦いに復帰できるように屋敷の人達が手伝ってくれるとは思っていなかった。
危うく一人で勝手に体を動かす所だった。アオイさんに見つかったら怒られていたかもしれない。
いくら知識があろうが、お医者様に従った方がいいんだから。逆らっちゃいけない。特に胡蝶さんは怒ったら怖そう。

「咲も今から訓練か?」
「うん。二人だけ?善逸さんはまだ良くならないんだね」
「良くなってきているけど、訓練には参加出来ないみたいだな」
「そうなんだ、訓練終わったらお見舞いに行ってみようかな」
「ああ、すごく喜ぶと思う」

私も炭治郎さんも変わらない調子で会話をしながら訓練場に向かって廊下を歩いているけれど、嘴平さんは随分おとなしい。
最初会った頃の猪突猛進!と周りを見ず前だけを見て突き進むあの感じが無くなっている。
鬼を倒せなくて自信喪失でもしているんだろうか。それとも水柱さんに返り討ちにあってへこんでいるのだろうか。
まあ、それも訓練してまだまだ強くなれると分かれば自信も回復するだろうと思って特に声は掛けなかった。

機能回復訓練は正直しんどかった。

ほぼ寝たきりの状態が続いた体はガチガチに固まっており、それを解すのだけど結構苦しい。
その後の反射訓練は負けてしまい薬湯を被った。この薬湯が臭い。
最後の鬼ごっこも体力が落ちているせいで、なかなか捕まえることができない。

初日の訓練を終えると三人ともぐったりと疲労が隠せない状態で、廊下で別れる時も声を掛ける気力は無く皆無言のまま各々の病室に戻った。
私は自分のベッドに倒れ込むとそのまま体を動かせなかった。暫くの間うとうととベッドに体を預けた。
肺を鍛える余力なんて無い。

アオイさんを鬼ごっこで捕らえるのに四日掛かった。体が調子を取り戻してきたように感じる
けれど、栗花落さんが全く捕まらない。一瞬服の裾を掴めそうになるのに、それ以上距離が縮まらない。
湯呑みの反射訓練もそうだけれど、速いだけじゃなくて私がどう動くのか捉えられている感じがする。
先読みとはちょっと違う。動体視力がいいのかもしれないし、それに素早く反応できる敏捷性もあるのだろう。

私が栗花落さんを捕らえられずにいる間に善逸さんも訓練に参加することになったのだけど、始まる前に炭治郎さんと嘴平さんを連れ出しとんでもない事を大声で叫んで戻ってきた。
丸聞こえだったので私達は善逸さんに厳しい目を向ける。邪な気持ちで訓練するのは良くない。

けれど、次々クリアしていく善逸さんを見て、彼にとってはそれが良い原動力になっているんだと思った。
そんな善逸さんの姿に触発された嘴平さんも負けじと奮闘しクリアしていた。

やっぱり気持ちは大事なんだ。心を揺れ動かす事は原動力になるんだなと目の当たりにして、技術や能力以前に私に足りないのは心なんだと気付いた。

栗花落さんに敵わないまま五日が経過した。訓練場に向かうと炭治郎さん以外の姿が見えなかった。
どうやら負け続ける日々に挫けてしまったようだ。それでも訓練を続ける炭治郎さんは心が強いんだと思った。
その日の訓練後に炭治郎さんに相談があると声を掛けた。誰にも聞かれたくないので、夜に時間を作ってもらった。

「疲れてるのに、ありがとう」
「いいや。何か悩み事か?」
「心を鍛えるにはどうすればいいと思う?」
「こころをきたえる?」

率直に尋ねるのが一番だと思ったけれど戸惑わせてしまった。炭治郎さんなら私の状態も気味悪がらないで受け止めてくれるだろう。
拾ってくれた家族の事。記憶がない事。鬼に襲われた後感情が欠落してしまった事を全部話した。
炭治郎さんは黙って私が話し終わるのを真剣な顔で聞いてくれた。途中、顔をしかめたり辛そうな顔をしていたけれど嫌な顔はしなかった。

「私は鬼に対しても何も感じないんだ」

鬼に対する憎悪とか嫌悪とか、負の感情でなくとも激しい感情や勝ちへの執着とか悪鬼を滅したいとか。そういう気持ちが湧いてこないと、成長出来ないと気付いた。
そうでないと今回みたいに強い鬼に対峙した時、確実に死ぬ。
だから挫けない心の強さを持ってる炭治郎さんに、どうしたらいいか聞いてみたかった。

「咲が自分の現状をどうにかしたいと思っているのは分かった。けど、俺にはどうすれば良いのか正直分からない。
強い鬼ほど人を喰ってる。非道な鬼に対する憎悪とかを感じて、絶対倒すって気持ちが湧いても身体が動いてくれない事もあるんだ」
「炭治郎さんも悩んでるんだね」
「ああ、鍛えて強くなりたい。なのに訓練は上手くいかない。なんとかしたいんだけどな。
だから、俺は咲が思ってるほど強くない。ただ、少し我慢強いだけだ。長男だからな」

力になれなくてごめんな。と申し訳なさそうに眉尻を下げる炭治郎さんに、こっちこそごめんねと謝った。
炭治郎さんはやっぱり強いんだと思う。他人を思いやれる優しさと、高みを目指して直向きに頑張れる事は彼の強さだ。
私にもそういう強さがあればいいのに。


星の呼吸と主人公について

那田蜘蛛山の戦闘で眼鏡が吹き飛んでいる。視力に変わりは無いため気付かなかった。
蝶屋敷の人に瞳について聞かれたけれど、生まれつきだと答えるとそれ以降は特に気にする素振りはなかった。
村田さんにも瞳を見て驚かれたくらいで特に何も言われなかったので、自分の気にしすぎだったのかと眼鏡を掛けるのをやめた。

title by : ユリ柩

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