12
夢をみた。熱い日差しが乾燥した大地に照り付け、陽炎の奥のぬるい空間には一箇所だけ冷たく乾燥した場所があった。肌を焼くぬるい空間から癒しを求めて逃げ込むと冷気が肌を刺す。それでも私はその空間に居続ける。すると次第に冷気が弱まり心地いい温度に変わった。この場所が大好きになった私は心地いい空間で顔を上げて口を動かした。
朧げな夢では、ぬるいとか冷たいとかの感覚は全く覚えてないし口を動かした気がしたけれど、酷く口が重かった気がする。そんな雰囲気の夢のどこに泣く要素なんてあったのだろうか。だんだんと忘れそうになる夢の感覚を思い出そうとしても分からない。それでも確かに、私の胸は切なくて苦しくなっていた。
涙を拭って振り返ればレオナさんが長い髪を乱したまま眠っている。身動ぎ一つでもすれば静かに閉じられた瞼がパチッと開きそうで、寝返りも打てずに静かにレオナさんを見つめた。よく昼寝をしているらしいけれど、夜もしっかり寝るんだななんて考えてたら二度寝していた。
他人のベッドで眠りこけてしまうほどレオナさんから執拗に体を求められてしまい、目が覚めたのはさっきより部屋が明るくなってからだった。自らレオナさんの部屋に来たとはいえ、外泊する気はさらさら無かったのに何をしてるのかとスッキリした頭で後悔していると、レオナさんを起こしに来たラギーさんが来た。
ラギーさんが「朝ですよ〜」と言いながら部屋に入ってくる音に驚いて肩をすくめる。そんな私をよそに、ため息をついたラギーさんは散らかった衣類を纏めると、レオナさん相手に容赦なく起きるよう促していた。
レオナさんがもぞもぞと動いたのを確認したラギーさんは、いつもそうしているような慣れた様子でレオナさんに再び声をかけて出口へ向かった。低く唸るような声でレオナさんは「今見たものは忘れろ」と言い、ラギーさんは私をチラとだけ見て「昨日の約束忘れないでくださいよ〜」と出て行った。
くあっと大きな口を開けて欠伸をしているレオナさんもいつも通りといった様子で、私だけが場違いな空気の恥ずかしさで固まったまま動けない。今のが内緒にされる保証なんてあるのだろうかと不安になる私に、ラギーは約束を守るから気にするなと頭にレオナさんの手が置かれた。優しい手つきだった。
「面倒だが、朝練に行かなきゃならねえ。お前はその間に寮に帰れ」
「えっ、あ…」
「動けねぇんなら、ずっとここにいるか?」
起き抜けの、どこかぼんやりした表情でニヤつくレオナさんに頬が熱くなるのを感じながら「帰ります」と言い放った。少し声が裏返ってしまった。いそいそとしわくちゃの制服を着直した私に向かってレオナさんがペンを向けると、たちまちアイロンをかけたみたいにピシッとシワの伸びたシャツになった。
感謝を述べるとレオナさんは「まだ早ぇからあと15分経ってから出ろ」と、先に部屋を出て行ってしまった。寮生と鉢合わせしないように配慮してくれたんだなともう一度感謝する。でもどうせなら、夜のうちに帰っておきたかったとオンボロ寮に着いてから悔いることになった。
朝帰りとはいいご身分ねとジョギングから帰ってきたヴィルさんに嗜められてしまった。気を付けますと頭を下げ、自室へ駆け込んだ。本当に失敗だった。時間の確認もせず急ぐことだけ考えていたから。もっと人に見つからない工夫をすればよかった。ヴィルさんが誰かに言い触らすような人でないことを祈って、誰にも合わないよう早めに教室へ向かった。
「朝ご飯はしっかり食べなきゃダメよ〜育ち盛りなんだから〜」
「はい…」
貧血を緩和する渋い魔法薬を飲んでひんやりする保健室のベッドで目を閉じた。二限目の体力育成の授業でハードル走の最中に倒れてしまい、バルガス先生が保健室に運んでくれた。ゴーストが出迎えた時は戸惑った。何より雰囲気が妖艶で不安感が増したけれど、男の人よりは100倍マシだ。
見た目と雰囲気にあまり来たくないと思うけど、バルガス先生の体調管理についての熱い指導をやんわり遮って追い返してくれたから、いいゴーストなんだと思う。優しくされただけでそう思うなんてチョロ過ぎるなと思うけど、この学園で親切な人は貴重なのだ。
気付けば気持ちよく寝ていたようで、勢いよくカーテンが開き、保健医に起きるよう言われて目をしぱしぱさせた。もう午前の授業が終わってしまったらしく、お昼はしっかり食べるよう言われて保健室を追い出された。魔法薬のおかげで気分は悪くない上に食欲もある。足は自然と大食堂へ向いた。
お昼は何となく埃っぽいような薄暗い空き教室で食べることにした。たまに聞こえる人の声に神経を過敏に反応させ、購買のパンを食べながら頭の中は思考が堂々巡りをしている。パンを食べる時に必ず飲む牛乳はもうすでに空だ。喉に詰まりそうに感じながらも弱々しく嚥下した。
人の噂はなんとか日って言葉があった気がしたけど、一日だったらいいなと思う。そうであったなら明日にはさっぱりした気持ちで校舎に足を踏み入れられる。今日はもう、このまま放課後まで誰にも会わずにいたい気分だ。でも、そうしたくないから頑張ってパンを食べてる。
大食堂へ足を踏み入れた時、私とレオナさんが寝たという話が飛び交っているのを耳にした。貧血は良くなったはずなのに血の気が引いて体の感覚が失せていくようだった。誰かに肩を叩かれた弾みで大食堂を飛び出し、人の間を縫うように走って人の少ない方へ走って、走った。
気持ち悪くなって、立ち止まって、うずくまって、震えを止めようと自分の体を掻き抱いた。喘ぐような呼吸を繰り返して、ようやく
どんな噂が立っても、それが事実でどんな色眼鏡で見られても、授業までサボったら終わりだと思った。早く飲み込んで実験室に行かなくちゃ。周りからの視線が痛くても気にしちゃダメだ。ただの噂だと、嘘だと、態度一つで思わせられたらどんなにいいだろう。
「ねぇ、話を聞いて欲しいの」
放課後、いつものように水遣りをしながらオムニバルフラワーに話しかけた。蕾すらないそれらを前にした言葉は、ただの独り言。一人でぼそぼそ話している変なやつになったって、今の感情を溜め込みたくはなかった。小さい声だからきっと誰にも聞かれたりしない。ほら、前なら「うるせぇ」ってレオナさんが現れたのに全然来ない。
どうして噂なんか流れたのか。レオナさんとラギーさんのやり取りは何だったんだろうか。今朝のは見なかったことにしてくれたんじゃなかったんだろうか。それとも私の知らない、レオナさんでさえ知らない目撃者でもいて言いふらしたのだろうか。はたまたテキトーな嘘が噂になって広まったのか。
そんな"なんで"を考えても答えなんか出るわけがない。無駄な思考はやめにして立ち上がり、今のうちに寮に帰って引きこもってしまおうとジョウロを戻しに行った。
「おっと危ない」
「あっすみません」
植物園の出口に向かっている途中トレイさんと鉢合わせた。横をすり抜けようとする私を引き止めたトレイさんは、ポケットを探り中から包み紙を出した。訝しげに見上げると、逆光気味のトレイさんが自分の目元を人差し指でとんとんと指した。元気が出るぞという言葉に、気不味い思いをしながらありがたく受け取った。
あ、これは。チョコの芳しさが鼻を通って胃袋を弄び、口の中でとろける甘さが脳内をくすぐった。なんだか、恥ずかしい気持ちになってきた。
泣いていたのがバレたからとか、噂を知ってるのかとか、そういう事で何か言われるのが不安なのか心臓がばくんばくんと速くなる。私は、何か言われる前に離れてしまおうとトレイさんを見上げ口を開いた。表情が見えないくらい近くにトレイさんの顔があって、唇が触れチョコと一緒に舌が入れられた。
突然のことに体を押して抵抗するけど、頭と腰に回された腕のせいで離れられない。口の中を動き回る舌の柔さや熱、混ぜ合わされる度に香ってくるチョコの存在が淫靡な空気を纏って身体中が愛撫されてる気持ちになった。
「いやッ、!」
離された体がその場に
どうしてこんなに、誰かとシてる時みたいな疼きを感じるのか。訳の分からない感覚に腕を掻き抱いて治るのを待つ。ふと、どこから降ってきたのか疑うような言葉が耳に届いた。
「本当に効果あるんだな」
恐る恐る見上げると、しゃがんだトレイさんと目が合う。困ったように眉を下げながらも口角は上がってて、なんだか知らない人が目の前にいるみたいで怖い。伸ばされる腕に何をされるのか分からなくて、怖いのに体が触れられるのを望んでるみたいに動けない。
再び頭の後ろに回った手に捕らえられ、深い口付けをされた。こんな誰が通るかも分からない場所で繰り返される行為。トレイさんを跳ね除けたいのに体はそれを受け入れていて、咥内や手のひらで触れられた所が甘く痺れていく。
「かわいい」
そう言って直ぐに口を塞いでくるトレイさん。その言葉の意味は、愚かで可愛いという意味ですかと問い詰めたくても問い詰められなかった。もう、チョコレートなんか大嫌いだ。