01

 なんて鮮明な夢なんだと思った。暗い室内、壁に灯された怪しげなランプ、黒魔術の儀式のようなマントに身を包んだ者たち、蛇のような生き物が装飾された大きな鏡。そこには、薄ぼんやりと人の顔が浮かんでいて低い男性の声が聞きなれない言葉を発している。
 私と同じマントを来た人が鏡の前に行っては鏡に話しかけ、鏡が応えると別々の集団に進んでいく様は何かを振り分けているように見えた。ハーツラビュルとか、サバナクローとか一体何に振り分けられているのかさっぱり分からないけれど、私は振り分けられる側だ。
 私を含めあと3人という時、バタンと大きな音がした。扉が開いたというのが空気の流れで何となくわかった。今度は一体何だと訝しげに音の方を見ると、猫のような生き物と同じマントを着た人が変な仮面を着けた男に連れられこちらに歩いてくる。
 あんな嘴みたいに尖った仮面を着けている人がマトモなはずがないと、急に怖くなった。一緒にいる人の表情はフードで全くわからないが、縄で縛られた生き物は声を荒げてジタバタと縄から抜けようと必死に抵抗している。

「汝の名を告げよ」

 入ってきた人たちに気を取られている間に私の順番が来てしまった。恐る恐る鏡の前に立つと、ぼんやり浮かんだ顔には瞳がなくデスマスクのような雰囲気に尻込みする。再度「名を告げよ」と鏡は促した。
 一体何と言われるのだろうかとドキドキしていると鏡はしばらく沈黙し、分からないとただ一言。それを聞いた仮面の男は信じられないとでも言うように、鏡に近寄り問いかけた。

「この者の魔力に色はあれど何色でもない。形はあれど、何の形にも見えぬ。よって、どの寮にもふさわしくない」

 鏡の声はここにいる全員に聞こえている。この部屋にいる人々のどよめきが鼓膜を震わせ、男の言葉が心臓を不規則に叩き不快感が胃袋から迫り上がってくる。なんの儀式か知らないけれど"ふさわしくない"私は家に帰れるのだと信じたい。
 不安に胸が苦しくなっていると、耳を疑う言葉を聞いた。連れてこられた男の子も私と同じだった。自分だけじゃないという安心感に体の緊張が解れたのも一瞬で、拘束を逃れた猫の生き物が火を吹いた。あちこちに火を吹いて暴れる生き物が「邪魔なんだゾ」と、私の方に向かってくる。
 恐怖のあまり腰が抜け立てない私の手を引いたのは、あの男の子だった。"自分と同じ"という安心感から力強く手を引かれると、抜けていた下半身に力が入った。「ありがとう」とお礼を言うと、その行動力とは裏腹に返ってきた言葉がボソッとした声をしていた。

「各寮に相応しくない者、魔法の力を持たない者をこの学園へ入学させるわけにはいかない」

 ようやく帰れると安心したのも束の間、扉と言われた棺の中に入れと言う。この中に入れば鏡の力で家に帰してくれるらしい。半信半疑で中に入ると、学園長と呼ばれていた仮面の男が私たちをあるべき場所へ戻すよう鏡に命じていた。
 頭の中で家族のことや友達とのショッピングの約束、来年できる予定だったテーマパークのことを考えた。しかし、待てどもその時はやって来ない。静かに待つ私の耳に鏡の低く落ち着き払った声が届き、それが酷く耳に残った。

「この者達のあるべき場所は、この世界のどこにも無い」

 私も彼も仮面の男でさえ、この信じ難い事実に狼狽した。ショックを受けている私と違って男の問い掛けにしっかり答える彼は、私と同じところから来たらしい。私は横で頷くくらいしか出来なかった。
 私たちの国の存在を探るために図書室まで来た。男が呼びかけると、本棚から本が飛び出し男の目の前でパラパラとページが捲れた。魔法のある国だなんて夢だとしか思えない。男が学園長だということは、ここは魔法を学ぶ学園ということだ。ファンタジー小説であるならば、さっきのは入学式でクラス分けのようなものだったのだろう。
 心細さを感じて彼に話しかけようかとも思ったけれど、ぼんやりと本棚を眺めたり魔法に興味津々な様子に話しかけるのをやめた。私と彼は同じではない。

「ここならばとりあえず雨風は凌げるはずです」

 学園に相応しくない者を置いてはおけないが未成年を放り出すわけにもいかないと、私たちはボロ屋に放り込まれた。外観に呆然とし内装に絶句した。彼は徐に暖炉の上に指を這わすと、その先を見てため息を吐いた。埃まみれだったのだろう。
 とりあえず掃除するしかないと提案し、夜だというのに灯もつけられないまま箒、ちりとり、モップ、それから掃除機を探し出し黙々と掃除した。何か楽しい会話でも出来れば憂鬱な気分も晴れるかもしれないけれど、彼にはどうにも話しかけづらかった。そんな私たちの鬱屈した雰囲気は、雨宿りのために飛び込んできた猫の生物によって壊された。

「あなた方には元の世界へ戻れるまで学内整備などの雑用をこなしてもらいましょう」

 グリムと彼がゴーストを追い払う間、何も出来ずに見ているだけだった私も彼らの巻き添えとして雑用係をすることになった。学園長が用意したという冷たい食事をし、放置されていた割にはキレイだったベッドで寝た。
 当然寝不足なわけだが、仕事をしなければならない。指示されたメインストリートで飾ってある立派な石像に目を奪われていると、一人の生徒が話しかけてきた。彼は丁寧に石像一体一体を説明してくれる親切な人かと思えば、入学式で見かけた私たちを揶揄うために話しかけてきたようだった。
 グリムという生き物は頭に血が上りやすい。当然ながら、バカにされたグリムは火を吹きエースという生徒を攻撃し始める。二人の魔法のぶつかり合いの末、私に向かって火の玉が飛んできて、気付けば消えていた。

「それから、ナマエさんは私に着いてくるように」
「はい…」

 騒ぎを聞きつけた学園長に叱られ、食堂の窓拭きという罰を命じられた。しかし、それだけに止まらず私だけ学園長に着いてどこかに行かなければならないようだ。辺り一面水浸しの中、ぴちゃぴちゃ音を立てながら学園長の後に着いていく。
 私一人だけ呼び出されて何を言われるんだろうかという不安で、足取りがどんどん重くなり、自分が歩いている感覚がなくなってくる。

「貴方には生徒として通ってもらうことにします」

 グリムが聞いたら諸手を上げて大喜びしているだろう言葉が私の気分をさらに重くした。私はそんなの望んでいない。帰れないなら雑用係のままでいいし、今すぐにでも「冗談ですよ。これは夢ですから、ほら、もう朝が来ました。それでは、さようなら」と、夜の闇のような学園長に宣言され起床したかった。それこそ、ただの夢だ。