今あるものが、決してずっとあるわけではないということを。分かっているのに分からぬまま、私はもう17になろうとしている。
「ごちそうさま」
手早く支度を済ませて、コートを羽織って外に出た途端吹き荒ぶ雪混じりの風に、一気に肩に力が入る。ビシビシと細かい白い粒子が顔に当たって、視界が霞んだ。
そうして、すぐに。
真隣から聞こえた玄関の開く音に、私は雪像のように固まってしまった。
「あー。こいつは積もるか」
そこから呟かれた言葉は、風の中に掻き消されそうだったけれど。
私があいつの声を、聞き間違えるわけがないのだ。
マフラーに少しだけ埋もれた眩い金色。長く真っ直ぐに垂れた黒のチェスターコート。その後ろ姿だけで、バカみたいにスタイルがいいのが分かる。
そして、特別目を惹く奴なんだということも。
「……アオイ?」
目をそいつに向けすぎていたことに気付かなかった自分を恨みたい。久方ぶりに見たあいつの顔は、少しだけ目を見開いてそこにあって。白花が舞うその中で、その瞳は真っ直ぐ私をとらえていた。
「……久しぶりだな。今から出るのか?」
久しぶり。
すぐ隣。こいつが家を出る時間だって私は把握しているくらい近くにいるというのに、その距離のある挨拶の「違和感の無さ」に、私は込み上げる寂しさを噛んだ。
寂しさなんて、そんな。
幼馴染なんていう関係は、時の風化に脆く崩れ去るものだ。
「……久しぶり。サンジがこの時間なんて、珍しいね」
「あぁ、今日は雪がヤバそうだったからな。電車どうなるか分かんねェし、念のため」
「そっか」
誤算だった。それならもっと早く家を出るべきだったが、後悔しても遅い。私は一歩踏み出して傘をさすと、門を開けた。隣でサンジも申し合わせたように同じ行動をするものだから、何だか懐かしくて。またあの寂しさが、静かに静かに、シンシンと積もる。
同じ学校に通う者が、同じ時間に家を出て、共に行かない理由もなく。私とサンジは傘を並べて駅までの道を歩き出した。
「なんか、アオイとこうして登校するの久々な気がする」
「……そりゃ、顔合わせるのだって久しぶりだもん」
「隣に住んでンのに不思議と顔見ないんだよな。何でだろうな」
わざとです。
なんて、バカ正直に言えるわけがない。言ったら何故と追求してくるだろうか。それとも――
何も聞かれず、関心も持たれなかったら。
それを想像するだけで、堪えた。
だってサンジは、こうして偶然会ったから喋っているのだ。離れていく私に寂しく思うことなく、寧ろ気付いてすらない――
「つーかお前、いつもこんな早ェの?」
「うん、大体」
「帰りは」
「……色々」
「なんだ、色々って」
「色々は、色々だよ。友達と遊んで帰ってくることもあるし、バイトもあるし」
細かく聞かれるのが、鬱陶しくも少しだけ嬉しい。もうほとんど会話なんてしていなかったここ数年なのに、サンジはそれを感じさせないくらい、自然に言葉を投げかけてくれる。
それは幼馴染だからだろう。勝手知ったる距離感がある。
この、傘と傘で広がった、隙間のように。
「あー、お前駅近でバイト始めたんだっけ」
「え、何で知ってるの」
「ジジィから聞いた」
「あぁ、ゼフさん……」
ご近所情報網は侮れない。というか真隣なのだから、仕方ないと言うべきか。私だって私しか知らないサンジを知っているのだから、彼のことをとやかく言える立場ではないのだ。
いつからだったろう。隣の子がいつしか男の子になり、男になってしまったのは。
疎外感を感じたその先に、その焦りの先に、男を意識して距離を置いてしまったのは――
サンジの背がぐんと伸びた、中学2年の頃か。女子が彼を見て騒ぎ出した、その1年後か。それとも、皆が彼に惹かれるようにして振り返った、高校入学式か? もっと最近なら、サンジの連む子たちがルフィ君みたいな目立つ子ばかりで、グラマーなナミちゃんやロビンさんとよく一緒にいるからだろうか?
そのどれもな気がする。色々なターニングポイントで、私はサンジを遠くから見るしかない立場にならざるを得なかった。
手が、届かない。
近くにいるのが当たり前だったけれど、そうではない。
「ジジィは未だにお前の話よくしてるぜ。バイトの日は帰りが遅くて心配だとかな」
「お隣さんに帰る時間まで把握されてるの、私……もう子どもじゃないのに」
「心配するのは、何も子どもだからってわけじゃないだろ」
「え?」
「お前だって、女の子なんだからな」
女の子。そう、彼の周りを取り巻くあの、女の子。私もきっと、一緒で。
「さすが、紳士だね」
「おい、よせよ。ガキの頃からの付き合いの奴に言われると、なんかむず痒い」
「あはは、意外と昔は生意気且つへたれだったもんね、サンジは。今は外ヅラいいけどさ」
「なんだと。……っと、ありゃウソップだな。おーいウソップー!」
そうして、友達の背を見つけたサンジの注意が外れたことで私は歩みを遅くすると、駅までのルートを別の道に切り替えて、一人遠回りをするように歩き出した。
この気持ちが、バレたら。分不相応なこの想いが、君に知れたら。君はきっと、離れてしまうよね。
雪は午後も降り続けた。だからと言って仕事であるバイトを休めるわけもなく、私は学校が終わるとすぐにカフェに向かった。早く一人で何でもやれるようになりたくて、とりあえず選んだ社会勉強の場。制服が可愛いのもあるが、それより何より、知り合いの遭遇率が低いこの駅裏を少し行った所にあるこの店は、私にとって肩の力が抜ける唯一の場所だ。
サンジがいない。昔から私を知る人が、一人も。
ここでなら、私は私を真っ当に評価できる気がした。新しい私に、サンジの知らない私に――何か釣り合う私に、なれる気がしていた。
窓の外の雪は勢いが強くなり、少しだけ吹雪くようになっていた。そのせいもあってか、客足は少ない。こんな駅から少し離れたところにあるカフェより、駅前の店の方にみな雪崩れ込むのだろう。
「外、凄いね」
声をかけてきたのは、男の2個上の先輩だ。学校は違うが、後輩である私に何かと気を配ってくれて、優しく指導してくれる頼もしい人だ。
「そうですね。帰り大丈夫かなぁ」
「この分だと、今日は早く上がれって言われるかもしれないな」
「ですね。お客さんもいないし」
今日未だに使われていないカウンターテーブルを意味もなく拭く私に先輩は少し笑ってから、声を改めた。
「アオイちゃんの家ってどこだっけ? 帰るとき送るよ」
「えぇ? そんな、いいですよ。大丈夫です」
「さっき心配してたじゃん」
「それはまぁ、電車止まったら嫌だなぁって」
「だからその前に帰らせてもらえるか、店長に交渉してくるからさ。待ってて」
磨いていたスプーンを置いて、先輩は奥に引っ込んでしまった。
「はぁ、本当にいいのにな」
申し訳ないのもあるが、その様子を誰かに――つまりは隣に住むサンジに見られでもしたら。サンジ本人でなくとも、ご近所さんに見られたら。ご近所情報網で、あらぬ噂が立って拡散されるに違いない。
そう、悪い方向に考えていたから、神様が怒ったのか。
そんな、まさか。来るはずのない客が、今日に限って、そんなバカな。
扉の窓越しでも分かる、煌めく金色。チリンチリンとベルが鳴って、開いた隙間から黒い裾がたなびいて――
「……サンジ」
金髪の彼はするりとマフラーを解くと、真意の読めない笑みを浮かべた。
「よ。ここか、バイト先」
「ちょ、な、何で……!」
「別に、客として来ただけだ。コーヒーくれよ」
「…………っ!」
何だ、何なんだ今日は!
こんな日は、初めてだ。朝たまたまこいつと遭遇するのも、まさかバイト先に、こいつが現れるのも。
焦る私の様子を見てサンジは少し意地悪そうに笑うと、「ミスするなよ」と茶化してくる。そりゃあ、サンジの器用さに比べたら、私なんて危なっかしくて見てられないんだろうけれど。
「……ご注文は以上ですか?」
「ふ、とりあえずは」
強がりもバレバレなようである、が。サンジが大人しく席に着いたのを見てから、私はカウンターに立ってコーヒーをドリップする。
これでも、この店のコーヒーを任されるまでになったのだ、私は。有名店のオーナーを親族に持つサンジ相手に緊張するものの、それでも、私は。
サンジのいないここで、時間をかけて、温めたのだ。
私にできる何かを。
「どうぞ」
「どうも」
芳しい香り。ウェッジウッドのカップに口をつけるサンジのその様は、どこか異国のおとぎ話の挿絵の、――王子様のようだった。
「……へぇ、美味いじゃん」
「ほ、ほんと?」
「あぁ。豆が良いのか? アオイが淹れたとは思えねェな」
「ちょっと、なにそれ!」
まさか、まさかサンジから褒められるなんて! しかもしかも、サンジの得意分野を!
一気に私の頬が熱を孕んだ時、厨房の扉が軽快な音を立てて開いた。そこから――先輩が笑顔で登場するものだから、私は一気に我に返る。
「ごめんごめん、明日分の補給手伝わされてさ。アオイちゃん、店長がタイムカード押して帰っていいって――って、お客様?」
先輩はサンジを認識すると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして首を傾げた。
「あ、ハイ! そうなんです。ついさっき……」
「そっか。じゃああとは店長に任せるから、もう今日は上がって。俺も準備してすぐ送るよ」
「え、でもあの――」
「ご馳走様」
ガチャン、とらしくない音を立てた本人を見れば、どことなくその表情は険しくかった。というか飲むの早すぎやしないか。ちゃんと味わったのかこいつは。
「おい、伝票」
「え、あ、はい」
サンジの尖った声に言われるがまま、私は急いで伝票を書いてレジに行く。代金を貰って、お釣りを返そうとした時――
掴まれた手首に、緊張が走った。
「な、なに……!?」
「……仕事終わったんだろ。待ってるから早く着替えてこい」
その声は、相変わらず鋭利なままだ。聞いたことのないサンジのその声色に、私は息を飲む。先輩はそんな私を心配したのだろう、ズイと前に出てサンジの手を掴んだ。
「失礼ですがお客様。困りますよ、店員に勝手なことをされては――」
「勝手なことされて困るのはこっちだ」
「は?」
ちっと舌打ちをすると、サンジは眉間に一段とシワを刻んで先輩を睨んだ。
こ、怖すぎる!
「……手ェ離してくんねェか。おれはこいつと帰らなきゃならねェんで。……なぁアオイ?」
「なに……」
「あー先輩! ご心配なく! 彼知り合いで家も近いんで、このまま送ってもらいます!」
なんだかよく分からないが一触即発気味な雰囲気に私は焦って、とにかく怖いサンジを宥める必要があるとそう切り出した。
「じゃーお言葉に甘えて着替えてきますね! サンジ、すぐ戻るから大人しくしてて!」
「おれァ犬じゃねェぞ」
そんなサンジの愚痴に聞く耳持たず、私は急いでスタッフルームへ向かったのだった。
もちろんその時、男2人の間で交わされた言葉なんて知る由もなく――
*******
「うー、さむ!」
「今季一番の寒さらしいぜ。おら行くぞ」
マッハの着替えを済ませ、沈黙の降りた雰囲気をぶった切るように私はサンジを外に連れ出した。扉を開ければ、一面の銀世界だ。道の先の方は雪に掻き消されるように見えなくなっている。
サンジが傘を開いたところで、私はハッと自分の手元にそれがないことに気付いて額を覆った。
「どうした」
「傘、更衣室に忘れてきちゃった。取り行ってくるね」
「――いいから、おれのに入れ」
「え」
ぐい、とまた手首を掴まれて、反動でサンジの腕に顔がぶつかる。
――腕?
「電車止まる前に帰るぞ」
「……ねぇサンジ」
「なんだよ」
「背、伸びたね」
見上げて、なんだか情けなくて、笑う。こんなにも、差ができている。
「あ? 今更だな」
「今更じゃ、ないんだよ」
背比べも、いつからしなくなっただろう。
君は男の子で、いつだって私の前を走っていて。今こうして歩いていても、すれ違う女の子たちがサンジの姿を見ようと振り返ったり、傘の中を覗き込んだりしようとしてる。
何度もなんども、考えた。
幼馴染のままだったら、側にいさせてもらえるのかな。君にもし、恋をしたなら。君がいつも他の女の子に振る舞うような、その他の女の子になってしまうのかな。
最初から望みがないんだったら、いっそその方が良かった。幼馴染なんて、毒にも薬にもならない特権。例えばナミちゃんみたいな子だったら、サンジと釣り合いも取れただろう。
私なんかじゃ、荷が重すぎたのだ。
踏むたび雪に沈むこの足が、冷たい。
「サンジはさ、私と今一緒にいて楽しい?」
「……はぁ?」
私の言葉が思いがけなかったのだろう、サンジは頭一つ低い位置にある私の顔を覗き込む。
あぁ、ほんとカッコよくなったもんだ。
「何だよ、急に」
「だって、幼馴染って住んでるところが近いだけで仲良くなるし、そんなの強制じゃん? やっぱり高校とかから仲良くなった子はさ、自分が出来上がってから気の合った子だろうし、そういう人たちと一緒にいた方がサンジも楽しいんじゃないかなーって」
「……何だそりゃ。アオイといて楽しいとか楽しくないとか、考えたことすらねェ」
「な、なにそれ……!」
関心が、ないのだ。
分かっていた。分かっていたのに。
隣だってもう、ずっと前から知らない誰かに明け渡してる。分かってる。
それなのに、私は諦めの悪い奴だ。こんなにこんなに、胸が苦しいんだから。
自分でも、しかめっ面をしてるのが分かる。急いで顔を逸らす寸前、どこか怒ったサンジの顔が見えて、ヒヤリとした。
「なにそれって、それはこっちのセリフだ。お前こそおれと一緒にいるの、嫌みたいだがな」
「だ、誰もそんなこと言ってない!」
「言わなきゃ伝わらねェとでも思ってんのか? ここ数年お前がおれのこと避けてんの、気付かないと思ったか」
「え……」
サンジは白い息をふーと長く吐いて、苦しそうな顔で私を見る。怒ったりそんな顔したり、何故だろう。
何故、きみは――
「おれはお前に何かしたか。傷つくようなこと」
傷ついた顔をしてるのは、どっちだ。
「おれと会うたび、すれ違うたびどっか行っちまう。話しかけようとしても逃げる。目が合ったと思ったら逸らしたり、はては登校時間まで変えやがって。わざとらしーんだよ」
「…………!」
「今日だって、朝会った時のお前の顔な。しくじったって思い切り顔に書いてあった。……早く出て正解だ」
「……もしかして、わざと?」
「そう」
「何で!?」
「何でだと思う?――おれがアオイのこと、気にしちゃおかしいか」
いつの間にか掴まれた手首が、また。胸と同じくらい、痛んで震えて。
「……おかしいよ。だってサンジは、ただの幼馴染じゃない。私と話さなくなったって、そんなの全然平気で――」
「平気だったら、わざわざこんなとこまで来ねェよ!」
怒鳴ったサンジを見たのなんて、いつぶりだったろう。小さい頃の取っ組み合いをした時以来だろうか。
でも、今は。そんな可愛いものじゃない。サンジの怒りは――
「……分かった。ただの幼馴染じゃ、アオイのこと気にすることもできねェんだな?」
「どういうこと……」
やめて。やめて、取り上げないで。
唯一の私と君の繋がりを。それに満足出来なかった私が悪いから。サンジの特別に、たった一つの特別になりたいだなんて、大それたこと思った私が悪いから。
幼馴染で、いて。
「だったら言わせてもらう。――おれは、アオイが好きだよ」
――何を。サンジは何を言っているんだろう?
私の耳は、この吹雪で都合の良い言葉に書き換えてしまったのだろうか。
「……聞こえなかったか。何度でも言うぞ、おれはお前が好きだって。ずっと、ずっと前から」
「サンジ……それ、本当に……?」
震えた声で言えば、サンジはバツが悪そうにそっぽを向いて、息を吐いた。
「嘘でおれがここまでするかよ。こんな雪降ってる中、知りもしない男にガン食らわせて……あー、思い出したら腹立って来た」
「でもそんなの、サンジなら色んな女の子に」
「してねェよ。……知ってんだろ、おれは紳士なんだ。わざわざ他人の事情に首突っ込む野暮な真似は“普通だったら”しねェ」
「数年喋らなくたって、平気だったくせに!」
「おれだって嫌われるのは嫌なんだよ!」
そう言い切ってフッと笑うサンジの表情は、どこかスッキリとさえしていて。今日の朝見せた顔とも、店で見せた顔とも違っていた。
「なさけない話……アオイに嫌われたらって思うと」
私は、バカだ。勝手に落ち込んで凹んで、私はサンジの今を、全く見ようとしてなかった。
だってサンジは今、こんなにも表情を変えて、そのままのサンジで、昔の情けないサンジのまま、私の横にいる。
私も、私だって! 今の私を、サンジに知ってもらわなくて、どうする!
「……私は……私も、私にとってサンジは、他人なんかじゃなくて」
「……うん」
「でも、幼馴染は嫌で……でも幼馴染じゃないと、サンジが遠くに行って他人になっちゃいそうで、だから……一人で気まずくなって、避けてた。追いつかなきゃ、隣にいられないって」
「…………」
「私こそ、傷つけてごめんね」
「……もう、それはいい――」
「好き、です。サンジのこと、好きなだけの私だけど。隣に……これからもサンジの横にいたいの!」
いつの間にか歩みは止まって、傘の外がまるでなくなったみたいに、世界から切り取られた。外の雪が、カーテンみたいになって私たちを隠してくれてて。
そうして、女にモテモテのはずなのに照れたように笑う君は、本当は、変わってなんかいなかったんだなって。
「なんだよ、おれらって取り越し苦労?」
「そういうことになるのかな。……ごめんね、臆病で」
「お互い様ってやつだ。つーかお前、いつから」
「えーっと? 比較的最近か、中2くらい――」
「はい残念、おれのがベテラン」
「なにそれ、何で対抗するの!」
「ちったぁおれの苦労を知れ。あのバイト先だってもう行かせたくねェんだけど」
「何でよ」
「そういうとこだよ、おれが苦労してんのは!」
もういいから行くぞ、と言われて、私は傘を持つサンジの腕を慌てて掴んだ。
「ねぇサンジ、これからこうして、昔みたいに一緒に帰れるの?」
聞けば、サンジは少しだけ立ち止まると――ニヤリと笑って。
急に近づいてきた整った顔。温かい唇に――
「…………!」
「これが昔みたいなら、そうかもな」
「――バカ!」
「なんとでも。……おれはお前が隣にいるなら、それでいいから」
「サンジ」
「ま、関係変わっても、ゆっくりな」
変わらないものもある。変わるものも、ある。サンジとなら、怖がらずに受け入れられる。そう、こんな雪だっていつか、溶けて大地と一つになるように。
君の知る私と、私の知る君の距離は、昔からずっと隣。
(そいや、お前のバイト先変えるぞ)
(え、何でよ。どこに)
(あのセンパイとかいう男が気に食わねェ。次のバイト先はジジィんとこのホールだ)
(え! 高級店じゃん、私には到底……!)
(おれが厨房やってます)
(え)
(これで毎日一緒に帰れます)
(が、頑張ります)
(よし、ジジィに連絡入れるぞ)