参
「ねーカナター、そんな離れるなよ、一緒に行こうぜ」
「五月蠅い、近寄るな馬鹿」
ステーキをいただき(ちなみに冷え切っていない料理は久々で、それはもう絶妙な味だった)、降下するエレベーターが行きついた先は、すぐに試験会場だった。
降りている途中から感じてはいたが、予想外の人と悪霊の多さに、カナタは嘔吐感も手伝い最高に不機嫌になっていた。八つ当たりされたキルアは可哀想と言う他ないが、今のカナタにはそんなことに構っている余裕はなかった。
(ねぇ、白哉)
(なんだよ)
(浄化していいかな、これ)
(まぁ、お前も腹膨れてるだろーし、いいんじゃねぇか?)
ここにいる者達の過去になど、毛頭興味ない。だが、いてはならないモノタチを連れてこられてるなら話は別だ。危害を加えない善良なそれならまだしも、ここに引きずられてきたモノは、今にも鬼に代わり意思が砕けてしまいそうな霊魂ばかりだ。
カナタは意を決すると、地下道の端と端を目算で決め、結界を張るために直線に歩き出した。四角形で囲みを作り、そこにいる霊たちを強制ではあるが成仏させてやるのだ。
暫く歩くと、白哉がピクリと何かに反応し、カナタの腕を引っ張った。
(おい、カナタ!)
(ちょっと黙って、白哉。今私、集中してるの)
もう少しだから、と白哉をあしらい、そのまま歩を進める。一番最初に歩き出した地点まであと少し。
(よし、これで準備は整ったわね)
周囲に目を配り、特に誰も自分を見ていないことを確認する。まぁ、見られたところで他人には何をしているかなど分からないであろうが、念のためだ。
カナタは一つ息を吐くと、神経を脳天と指先に集中し、脳内に言霊を響かせる。
清め式
四天が臨界
一浄切り
印を組み、その形のまま真っ直ぐ空を切る。すると、そこに充満するほど存在していた悪意に満ちた霊魂たちが、輝く太陽に焼かれる朝霧のように、眩しくも一気に霧散した。ふわっと軽くなる空気。気付く者は、この地下道が急に明るくなったと驚くに違いない。
カナタは軽くなった空気に、自分の吐き気もどこかへと散って行ったのを感じて、満足げに頷いた。
「こんなとこかしらね」
「ちょ、おいカナタ! あっち見ろって!」
一息つく間もなく腕を引っ張る白哉を怪訝に見やり、促された先を見据える。すると、見たことのある鋭い瞳とかちあった。瞳はその途端、カッと瞳孔を開いたかと思うと、彼の持つ最速を振り絞りギュン! と一気にカナタの間合いへと詰め寄る。
その必死の形相に、カナタは思わず右手を握りしめ後ずさった。
「ひ、ひひひめさぶへぁあ!?」
「ちょっと黙って!」
見事顎下から右スクリューが決まり、忍び姿の青年は後方へとブッ飛ばされる。見た目、女に見える(女なのだが)優男のカナタが一丁前に大人の男を殴り飛ばすその惨劇は、その他参加者へある種の恐怖を植え付けた。
顎を震わせ倒れる男の真横に立ち、カナタは憂鬱にこめかみを押さえた。
「はぁ……。久しいね、ハンゾー」
「お、お久しぶりです、ひめぶほほぉ!」
「だから、空気読めよ」
男装しているのが目に入らないのか。ハンゾーが気安く「姫様」とでも呼ぼうものなら、この外国での生活がおじゃんになる。某国の貴族であるなどと他人に悟られ、もし何者かに狙われるようなことになれば厄介なのだ。元々暗殺部隊に属していたくせに、そういうところに頭が回らないところがいかにも甘いハンゾーらしい。
カナタはそのままハンゾーの顔を踏みつけると、ひと際鋭い睨みを利かした。
「まさかハンゾーがハンター試験を受けるだなんて思わなかったよ、僕」
「へ?ぼ……? あぁ、まぁ、はい……」
「目的は?」
「隠者の書を……ひ、えーと、カナタ様こそ、なぜここに?」
「お前に言う義理は無いよ」
そこまで言って、ようやく足をどけてやれば、ハンゾーはどことなく納得いかないと言った表情を覗かせていた。それに苦笑し、「これは国家機密だから」と囁き、カナタは右手を差し出す。
「ごめん、ハンゾー。足蹴にしてしまって」
「いえ、俺の方こそ、考えなしにつっこんでしまって申し訳ありません」
差し出された手を「恐縮だ」とやんわりと拒否すると、ハンゾーはすっくと立ち上がり、何事も無かったかのように肩を回した。さすがに体術に優れた暗殺部隊にいただけあって、鍛えられている。柔拳や気功法を少しかじった程度のカナタの拳では、そんなにダメージを受けなかったらしい。
ハンゾーはカナタに向き直ると、裏表のない笑顔を見せ、勢いよく体を折ってみせた。
「改めまして、お久しぶりです! カナタ様、白哉様」
「うん、久しぶり、ハンゾー」
「まさかの再会だな。元気にしてたか?」
「はい、この通り息災にしております」
ドン、と自信ありげに胸を叩く仕草は、あの頃と変わらず頼もしい。カナタは一瞬故郷を懐かしむように微笑んだが、すぐに気を引き締めた。
「それにしても、隠者の書ね。今更感があるように思うのだけれど」
暗に「何を企んでいる?」と訝って聞けば、ハンゾーは苦笑いするだけで、その先には答えなかった。
「俺も、詳しいことは話せません。ひ……カナタ様が事情をご存知ないのであれば、尚のことです」
「なにそれ、部外者扱い?」
「カナタ様こそ、どうしてそのような格好で、このような場所に? 見識を広げる修行とかで、国外へ出掛けられてるとは聞き及んでいましたが」
上手いこと話を逸らすのも昔からで、カナタはそれがひどく嫌いだった。暗殺者として幼い頃から訓練されているハンゾーだ、機密管理については昔から人一倍神経を張っていたように思う。しかし、国外に出て一人で奮起しようと思った矢先、こうしてまた故郷の「部外者」である自分を目の当たりにしたことで、自然とカナタは苛立ちを募らせた。
(絶対、本当のことなんて言ってやらないんだから!)
「お前が言ったとおり、修行だよ。この試験だって、その一環だ」
そう言って背を向けて歩き出せば、ハンゾーはぎょっとしてカナタに詰め寄った。
「そんな、今すぐ棄権して下さい! 危険すぎる!」
「それくらい分かってるよ! でも僕だってここまで来たんだから、受験資格があるってことでしょう!?」
「死者だって出るかも分からないんですよ!」
「だからなに!」
「だーもう! お前らちょっと鎮まれよ!」
白哉がシャ―!っと口を開き諌める。さすがの暗部も霊媒師も、龍神様のお怒りとなってはそのまま喧騒を続けるわけにもいかなかった。
ピタリと動きを止める二人をやれやれと見つめ、周囲をぐるりと見渡すと、白哉はこれでもかという冷え冷えとした声で語りかけた。
「いい加減にしろよ、お前ら」
威圧的な物言いに慣れているのは、年の功か、それともその地位がそうさせるのか。天帝と並び称されるこの龍は、さすがは陰陽頭の元使役なだけあって、たとえ蛇の姿でもその存在感は半端ない。
「まず、カナタ。ハンゾーが何のためにここに来てるのかなんて、今のお前にはどうだっていいことで、どうしようもないことだ。知らされなかったからといって不貞腐れて、それじゃ国にいた頃と何も変わらねぇだろ。少しは大人になって、わきまえってもんを知れ」
「う……」
「次に、ハンゾー」
「は、はい!」
周りのハンター志望者から見れば、シャーシャー言ってるだけの蛇にすごすごと頭を下げる二人組は、かなり異質に映っていた。しかし、当人たちにとってはそれどころではない。相変わらず凄みのある金色の瞳に、心がある一定の畏怖で射止められている状態なのだ。その緊張を崩すことは、なんとしてもありえない。
白哉はぐるりとハンゾーに向き直る。
「カナタがこの試験を受ける理由はまぁ色々あるが、それを後押ししたのは俺だ。こいつの責任が今は俺にある以上、お前に文句は言わせねぇ。そんなに気がかりなら、試験中こいつを護衛でも何でもしやがれ」
「は……」
白哉が投げやりにも投げかけた提案を、ハンゾーが勢いで了承しようとした矢先だった。カナタはばっと顔を上げると、顔を歪ませてハンゾーを見上げた。
「絶対、いや!」
思いもしない力強い否定に、ハンゾーは「え!?」と唖然とする。そのまま二の句が告げない彼を冷たい視線でねめつけると、カナタは腰に手を当て高らかに宣言した。
「ハンゾーの力には頼らない。僕は僕の力でこの試験を切り抜ける」
「な、何意地張ってんですか!」
「意地じゃないよ。もう仲間だって出来たし!」
「は?」
カナタはそこからぐんぐんと足を進めると、先ほどから視線を自分たちから一向に逸らさない銀髪の少年の前に立つ。有無を言わせず腕を絡ませれば、キルアは僅かに目を見開いたようだが、やがてにやりと笑みを浮かべてカナタを見た。
「この子、キルアっていって、僕とここまで一緒に来たんだ。だからハンゾー、絶対! 僕たちには着いてこないでよ!」
「はぁ!?」
「だってさ、残念だったねおっさん。それじゃねー」
ヒラヒラと手を振って見せるキルアに、ハンゾーはただただ呆然とその背中を見送るしかできなかった。ただ、後ろを振り向いた白哉だけが、唯一憐れんだ瞳で彼を見つめていた。
(ひ、姫様に早速虫がついてしまった……!)
(お前はカナタの親父か、ハンゾー)