#01#

−それは、ただの好奇心だった。

「ねぇ、君どこから入って来たの?」

気がつけば私の後ろには、髪の長い"不気味"と言う言葉が似合いそうな人間がいた。

***

私は自営業の(所謂ハンター専用の情報屋)を臨時休業し、パドキア共和国へと来ていた。でだ、伝説の殺し屋、ゾルディック家が見れる(かもしれない)と聞いて、デントラ地区のククルーマウンテンにある、邸宅外の観光地に来ていた。

ゾルディック家まで直通のバスが出ているらしく、へぇー、便利だなー何て思いながら、そのバスに乗り込んだ。バスガイドさんの話によれば、なんでも、このククルーマウンテンは全てゾルディック家の敷地らしいのだ。凄いとしか言いようがない。これは新たな情報を手に入れた。と、言うかこれだけ賑やかなのに、むしろ知らなかったのは私だけかもしれない。情報屋と言ってもしがない情報屋で、しかもテキトーに稼いでいるので、言わずもがなである。情報に関してはキッチリとクライアントに渡しはするが、料金はピンからキリまで。私自身に危険が伴う場合があるかもしれない場合は、それなりに料金も高額になって行く。

早く着かないかなーなんて考えながら、バスガイドさんの話に片耳を向けながら、足速に通り過ぎる風景を見ていた。

しばらく走ってバスが停車し、観光目当ての客がぞろぞろとバスから降り始めた。私もそれに従ってバスから降りれば、目の前には大きなコンクリート(恐らく)で出来た門が立っていた。扉は閉じられていて、数字が刻まれていた。

「うわぁー、大きな門」

バスガイドさんの話によれば、これは試しの門と言われているらしい。何を試すのかはわからないけれど、とりあえず押してみたら開くのだろうか?門にドアノブなんて見かけないし。…押してみようか。私はひたっと手のひら門につけてみた。うん、冷たい。後ろで何やらバスガイドさんが話しているけれど、お構いなしに私は腕に力を入れてみた。…すると。

「あ、開いた」
「お、お客様!!?」

ギィィッ、と重苦しい音が鳴って、1番小さい扉が開いて行く。周りの人間は唖然としている。呼び鈴とかないけど、いいや入っちゃえ。と、好奇心にかられて軽い気持ちで入ったのが運の尽きだった。

私が入ると、バタンと扉がしまった。それを見届けてサクサク奥へと進んで行く。中は、まさに森だった。本当にこんな所に人が住んでいるのかもわかりやしない。進んでも進んでも、森、森、森、森。聞こえて来るのは小鳥の囀り。なんて和かな何処だろうか。道なりに進んでも、全く家らしき物も見えて来ないし、本当にゾルディック家が実在するのかもわからないし、迷わないうちに帰ろうと踵を返した。が、私は後ろに振り向いて後悔した。体が瞬間冷却されたかのように固まった。

「…ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
「…。ど、……どうも」

そこにはまるで、何十倍にもしたボルゾイみたいな犬が、私の背後にいたからだ。どうりでなんか背中が生ぬるかったわけである。が、そんな事は今はどうでもいい。この目の前の生物を何とかしなければ。でも、どこかが変なのだ。この犬。瞳に光が無いし、感情でも無くしてしまっているかのようで、何故だか背中がゾッとした。本能的に目を逸らしてはいけない気がして、暫く犬と睨み合いをしていた時だった。男のようで女のような雰囲気の声が聞こえて来たのは。

「ねぇ、君どこから入って来たの?」
「!?……」
「あぁ、愚問だったね。ミケが食べて無いって事は、へぇー。君、試しの門から入ってこられたんだ。で、お前は誰?」
「ぇっ、あ、…ゾルディック家の…人、ですか?」

そこにいたのは、真っ直ぐな黒いストレートヘアの、背の高い男の人だった。感情の篭っていない真っ黒な猫目に無表情。口調は淡々としていて、何を考えているのかわからない。何だろう。この何も写していなさそうな禍々しい瞳に、寒気さえ覚える。

「聞いてるのオレの方なんだけど」
「えっとー…、あの、観光で伝説の、ゾルディック家が見れる(かもしれない)と聞いて、バスでここまで来てですね」
「あぁ、ウチ有名らしいからね」
「それで、何となくあの門から…」
「ふーん、入って来たんだ」
「…はい」
「ちなみにいくつまで開けたの?」
「い、1番小さい扉、ですけど…」
「ふーん、ま、いいや。オレ今暇だし、丁度いいから相手してよ。どうせ勝手に入って来たんだろうから、殺されても文句は言えないだろうし」
「ころっ…、相手?、ッ、うわぁっ!!いきなり何するんですか!!?」

物騒な事を言われた後に、足元に投げられたのは、丸いピンの付いた針だった。何だかそれに当たったら、いけない気がして咄嗟に避けた。

「あ、ちなみにその針に当たると、変形とかしちゃうから、まぁ、頑張って避けなよ。じゃないと、オレの暇つぶしにもならないしね」

そして、恐怖のリアル鬼ごっこが幕を開けたのである。

誰か、嘘だと言って。