#02#

…。警察手帳?。
紛れもなく本物っぽい黒い革で出来ているケースに、無表情の私の写真。いったい、どう言う事?

−ピンポーン。

「っ!…今あけま…す!」

訳も分からず考え混んでいると、私の部屋のインターホンが鳴って、思わずビクッと肩が震えた。警察手帳を慌てて内側の胸ポケットにしまって、急いで玄関を開ければ、そこに居たのはグレーのスーツに身を包み、浅黒い肌にはちみつ色の髪と、整った端整な顔立ちの男性が立っていた。この人が、降谷零?。

「準備はできたか?。詳しい話は車の中で話すから、僕の車に乗ってくれ」
「ぁっ、…はい」

切羽詰まったような雰囲気に、返事をしてから、降谷さんの車に乗り込むまで無言だった。シートに座り、シートベルトをし車を発進させ少し道を走った所で、ハンドルを握ったままの降谷さんが口を開いた。

「ノックリスト…」
「……?、はい」
「…、日本の公安やアメリカのFBI、CIAなど、各国で極秘で黒の組織の侵入捜査をしている、我々潜入調査員のデータベースが何者かの手によってハッキングされた可能性がある」

降谷さんは声のトーンが下がり、眉を額に寄せると、ハンドルを握っている手に力が入っていた。降谷さんの横顔を伺うと、とても厳しい表情だ。しかし、私には"ノックリスト"と"黒の組織"と言う言葉の意味がわからないでいた。それでなくても、突然スマホの着信音に起こされたと思えば、私が警察官かもしれないと言う今のこの状況に、頭がついて行っていないのだ。けれど、1つだけ私にもわかる事は、警察で極秘に保管されているデータがハッキングされて、それが一般市民に知られてはならない、とてつもなくヤバい物だと言う事。

そんな私の気持ちなど知らずに、降谷さんはさらに続けた。

「そこで井上に招集をかけたと言うわけだ。今日休暇だったはずの君には悪いが、犯人とそれ以上の情報を突き止めてもらいたい。もしかしたら、"奴ら"は直接データを奪いに来るかもしれないからな」
「…しれない、とは?」
「今、風見達が全力で阻止している。後は、井上の力があれば」

できっこない。
無理だ。そんな言葉が頭に浮かぶ。これは本当に夢なのだろうか。やけにリアルすぎやしないだろうか。いや、ありえない。だってそんな、夢物語のようなこんな出来事なんて。友達のビックリ企画とか、…でも、降谷さんて人が嘘をついているようには思えない。かと言って、何にも知らない私が易々と「はい」の2文字を言える訳でも無く。今の置かれてしまった状況を悶々と考えていると、いつの間にか警察庁公安部の建物に到着してしまった。

***

「走れ!!」

車から素早く降りた降谷さんが叫ぶ。こんなドラマみたいな出来事を目の当たりにして、体験して、正直頭がおかしくなりそうだ。裏口から中へ入り、エレベーターに乗り、オフィスの様な所に入った。その中の光景は異様なものだった。中ではパソコンに鋭い視線を向けながら、物凄い速さで指を走らせタイピングをしている人達。調理場で働いていた私にとっては、違和感がしてしまう、と言うのか、萎縮してしまうと言うか。迷っている事を降谷さんが気がついたのか、ポン、と肩を叩かれた。顔には早くしろと書いてある。これはもう、腹を括ろう。やり方がわからない私は泣きそうになりながら椅子に腰を落とした。もう、やけだ。寝て起きたら、きっといつもの日常に戻っているはず、と信じたい。

「………」

パソコンは既に起動されていた。
心を落ち着かせるように1度目を閉じて、ゆっくり呼吸をしてキーボードに指を置いた。その瞬間、思いも寄らぬ出来事が。

「……!?」

カタカタカタカタ…。
私の指は勝手にキーボードの上を走って行く。処理の仕方なんてわからないはずなのに、何をして良いのかが次から次へと、頭の中を左から右へと流れて行くような感覚を覚える。画面に流れて行く文字は、下から上へと物凄い速さで流れていく。入り込んで来たのはどこから使われているパソコンなのか、どこから発信されている通信なのか。ハッキングとなれば、自分のパソコンなど使うはずがないのが目に見えているから、それさえ突き止めてしまえば…。

(後あと、もう少し…)

手を休める暇など1秒たりとも許されない。相手はきっと、そう言う人間なんだ。私は自分の指が動くままに、思考のなかに流れてくる記憶のデータに従うままに、指を走らせた。