04


店内は賑わっていた。鉄板上でステーキやハンバーグが弾ける音、たくさんの話し声、あっちへこっちへ忙しないホールスタッフの足音。こってりソースやチーズなんかの美味しそうな匂いが空腹を助長する。今の今まで眠っていた腹の虫が鳴いた頃「お好きな席へどうぞー」と声がかかった。


「奥行く?」
「うん」


壁際の片側ソファ二人席。通路を進んだ広い背中が、なんとも自然に手前のイスへ落ち着いた。とくんと鳴った胸の内側。またひとつ、些細な“いいなあ”が積み上がる。

こんな風に虎杖くんからの“気遣いを実感する瞬間”っていうのは、そう少なくない。たとえばここに来る道中、並んで歩いていた時も彼は常に車道側で、歩く速度を落としてくれていた。お祖父ちゃんと二人暮らしだったみたいだから半ば癖になっているのかもしれない。なんにせよ、あまり意識的に出来ることじゃないと思う。

お礼を言えば、不思議そうな視線と共に感覚の正当性を裏付けるような「なんで?」が返ってきて、ちょっと笑った。


「ソファ譲ってくれたでしょ?」
「あー全然いいよ。俺どこでもいいし、つーか前から思ってたけど良く気付くよな。気配りっていうかさ」
「あんまりされたことないから自然とね」
「そうなん?」
「うん。男の子と出掛けるとか滅多にないし」
「へー、意外」
「?」
「や、その、みょうじ可愛いじゃん」
「、」
「なんつーか、モテるイメージだったからさ。……ちょっと安心した」


テーブル上をグラスが滑る。どくどく脈打つ心臓を宥めるあまり、なんにも言えない私。お水を寄せてくれた虎杖くんは、何食わぬ顔でメニューを取った。

彼の言葉が嘘偽りなく真っ直ぐなことくらい、はじめまして一日目から既に把握している。特別深い意味はなく、言外に潜む意図もない。まるで蒸留水のような心そのもの。だからこそ、こんなにも惹かれている。滲む期待が熱を呼ぶ。ホッとしたような、少し残念なような。なんとも消化しがたい矛盾を嚥下するのは、これで何度目か。

無理矢理リセットした意識下で捉えたメニュー表がきらりと光る。私も見やすいよう、横向きに開かれたクリアケースが白い照明を反射した。


「何頼む?」
「んー……虎杖くんは?」
「めっちゃ迷ってる。けどやっぱワイルドかなー。んでサラダとー」
「ご飯大盛り?」
「それ!みょうじは?ガッツリな気分?」
「あんまりだけど、でもお肉は食べたいからヒレにしようかな……。サラダちょっともらってもいい?」
「おう。じゃあラージにしよ」
「すみません!大変お待たせいたしました……!」


二人でメニューを捲っている内、慌てて駆け寄ってきたホールスタッフに一人分のラージサラダとライス大盛りを注文する。続いたシステム説明は、忙しそうな様子を見越した虎杖くんが「知ってるんで大丈夫っすよ」と断った。どうやらコミュ力おばけの優しさは、こういう場面でも遺憾なく発揮されるらしい。

無事オーダーが通ったところで、お肉のカット場へ足を運ぶ。食べたいグラム数を目分量で切ってもらい、必然オーバーした端数は許容。定番のコーントッピングを頼み終え、席へ戻る途中。お客さんとぶつかりかけた私の肩は、さり気なく回った虎杖くんの手に易々引き寄せられ、事なきを得た。


「大丈夫?」
「あ、りがと。ごめん、良く見てなくて」
「いや、今のはみょうじのせいじゃねーし謝らんで」


依然ガヤガヤした店内で、彼の声だけは不思議とはっきり聞き取れた。




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