05


たくさん食べてたくさん話し、たくさん笑った帰り道。赤信号で立ち止まる。ずっと車道側にいてくれた彼も止まる。誰もいない横断歩道。向こう岸で佇む街灯が消えかけた白線を照らす中、ヘッドライトが通り過ぎる。

あんなに饒舌だった虎杖くんは、さっきから黙ったまま。たぶん迷っている。どう聞き出そうか、聞き出していいものか。なんにも気にしなくていいはずなのに、善い人だから悩んでる。あわよくば今日みたいな夜がずっと続けば、なんて身勝手にもほどがあるだろう私のせい。あーあ、そろそろ腹を括らなきゃ申し訳が立たないな。


「ねえ」
「ん?」
「話、だけど……教室の」


余計なことは考えない。正面を見据えて希望は捨てて、手繰り寄せた平常心を打ち留める。任務と同じ。大丈夫。つい数時間前、あんなに喉が詰まってしまって全然ちゃんと言えなかったのは、きっと夕陽のせいだった。鮮やかな赤が眩しくて、教室丸ごと心さえも染め抜かれ――でも今は、夜しかいない。

静けさに融けて息をする。ゆっくりゆっくり、意を決する。たった一言、たった二文字。赤信号が変わる前「私ね」と音をこぼす。


「……虎杖くんが好き。優しくて勇敢で、自分以外を優先出来て、いつも凄いなって思ってる。話し上手で一緒に居ると楽しいし、本当にちゃんと男の子として好き」


吐き出せてしまえばなんてことはない。恥ずかしさより、やっと言えた安堵感が上回る。口にしながらふつふつ浮かんだ今まで分の“いいなあ”に、自然と鼓動が高鳴って、それがまた愛おしくって。

でも見上げた先の双眼があんまり静かなものだから、先に「ごめん」って眉を下げた。困らせたかったわけじゃない。明日死ぬかもしれないからこそ、ただ伝えておきたかった。いつだって自己犠牲的に動くあなたを誰より想っているってこと。


「言いたかっただけだから、気にしないで」


返事はいらないと言外に込め、努めて明るく笑ってみせる。視界の端で青へ変わった信号に踏み出そうと前を向く。けれど進めやしなかった。腕を掴まれて、滲む温度があたたかい。まさか引き止められるだなんて一体何を言われるのやら。

サッパリスッキリしたはずでも、拒絶が怖くて振り向けない。そんな私の鼓膜を――「待って」。虎杖くんが捕まえた。あーえっと、って言い淀みながら窄んでいった低声が「みょうじのことは、俺も好き。けどごめん」と急降下。ラブとライクの違いか、なんて納得している内、続いた言葉に呼吸が止まる。


「死刑なんだ、俺」
「……え?」


自然、跳ね上がった視界の中央。どこか寂しそうに微笑む彼が今日――ううん。もしかしたら今日を含めたこれまで全部の時間の中で、初めて俯いた。


「言っていいか分かんねぇから内緒にしといて欲しいんだけど、宿儺の指、全部食ったら処刑されんだわ」
「処刑……」
「うん。そりゃ、好きって言ってもらえて嬉しい。俺でいいならって本当は言いてえ。そんくらい大事。だからみょうじには幸せんなって、笑ってて欲しい」
「……」


伏し目がちに瞬く瞼。ゆっくり戻ってくる視線。眉を寄せ、それでも笑みを湛える唇が何度目かの謝罪をこぼす。


「ごめん。俺じゃ、悲しませるだけだ」




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