06


まさか虎杖くんの方が泣きそうだなんて、ねえ、ちょっと待って。両想いとか死刑とか、まるで心がついてこない。仕方ないからひとつひとつ整理して、頭の中で噛み砕く。虎杖くんも私が好きで、でも死刑確定。付き合えないのは私を悲しませたくないからで、笑っていて欲しいからで――ねえ、本当待って。


「あの」
「ん?」
「もし、その……死刑じゃなかったら、オッケーしてくれた?」
「……うん」


悲しげに目元を緩めた虎杖くんは、それでも迷いなく頷いた。

不謹慎にも嬉しくて、欲するばかりの恋情が胸の底からせり上がる。この身勝手な想い丸ごと全部迷惑じゃないって言うなら、彼には心底申し訳ないんだけれどちょっと食い下がらせてもらいたい。一般人ならつゆ知らず、そんな理由で納得なんて出来っこない。私こそごめんねって引くに引けない。

腕から滑り下りた彼の手に、するりと指を掬われる。撫でてみたり擦ってみたり、手持ち無沙汰に触れ合う皮膚が温かい。帰寮を促すこともせず遊び続ける無骨な指は、私の言葉を待っているように思えた。こんな所で長々話していいものかって過ぎった不安を容易く拭う大きな手。きゅっと握れば、ぴくり。目の前の肩が小さく跳ねた。

青信号が点滅する。


「私、呪術師だよ」


そう。一般人じゃない。こう見えて曲がりなりにも準一級。そもそもの感性がちょっとばかし歪んでなければ務まらない。生死に対する価値観は、とっくにちゃんとイカれ気味。


「最後は皆死ぬ。それが早いか遅いかって違いはあっても、ずっと一緒は絶対無理って分かってる。虎杖くんは優しいから遺った私のことを考えて断ってくれてると思うけど、たとえば死刑になる前、先に死ぬのは私の方かもしれない」


仮に彼の方だったとしても、特級呪物を全て食べ終えるまで生きていられる保証なんてどこにもない。いつも危険が付き纏い、死がすぐそこで笑ってる。大口開けて待っている。そういう世界に立っている。


「だからこそ今、傍に居たい」


好きって言って名前を呼んで、手を繋いでキスをして。互いが互いの一番であると信じて疑わないまま、疑う余地もないまま二人っきりで眠りについて朝を待つ。そんな日々を、いつか死んでしまうからこそ共有したい。どちらか片方が欠けたとしても、声の形は忘れても、必ず五感のどこかは覚えてる。強く網膜へ焼き付けた笑顔も景色も消えないし、心に棲まう幸福までは絶対的に色褪せない。たとえ何が起こっても、存在しなかったことにはならない。末の弟が死んだ時そう知った。だから。


「虎杖くんの、最後の人になりたい」


まるで透けて見えるほど、はっきり揺らいだ瞳を捉えながら指を絡める。

夜特有の涼やかな静謐が降り立って少し。「もーさあ……」と吐息混じりにこぼした虎杖くんが、俯きがちに苦笑する。そうして一歩踏み出し――ぽすん。私の肩口に額を当てた。


「好きが勝つじゃん……そんなん……」


耳元で響く声は観念したかのような、嬉しさを抑えているかのような、なんとも不思議な色味を帯びていた。




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