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お付き合いが始まったからといって、別段変わったことはない。私のちょっとした緊張は虎杖くんの「おはよ!」って笑顔にすっかりほぐされてしまったし、いの一番に報告し、頑張ったわねって褒めてくれた野薔薇も全然深くは聞いてこない。いや、私がいないところで虎杖くんに『泣かせたら容赦しねぇかんな』くらいは釘をさしているかもしれないけれど、とにかく私の前では至って普通。伏黒くんは……知ってるのかな。元々話さないから分からない。まあ知っていたところで特に何を思う人でもないだろう。あれからずっと、日々の安寧は保たれている。

ただ最近、単独で事足りるはずの任務に虎杖くんが同行するようになった。おまけに夜だけでなく、日中の調査案件も結構増えた。誰の仕業かは言わずもがな。黒い革張りソファーに座り、悠々と長い脚を組んでいる人類最強――五条先生。


彼は私を見るなり「今日は悠仁と行ってね」なんて、あっけらかんと赤福餅をつまんだ。どうやら出張帰りらしい。向かい側から「食べる?」と差し出されたそれをひとつもらう。


「今日“も”の間違いじゃないんですか」
「あはは! まあそう照れるなよ」
「照れてません。で? 今日はご機嫌伺いの呼び出しですか?」
「相変わらず子どもらしからぬ手厳しさだね」
「呪術師に大人も子どもも関係ありませんからね」


あ、これ美味しい。柔らかな餡がしっかり甘いのにしつこくなくて、舌触りもいい感じ。温かいお茶を恋しく思いながらもうひとついただくと、朗らかに笑った五条先生は「好きなだけ食べな」と珍しく大人らしいことを言った。


「別に見くびってるわけじゃないよ。なまえは過去サンくらい出来た生徒だと思ってるし心配もしてない」
「じゃあ一人で良くないですか?」
「んー……理由は二つあるんだけど、どっちから聞きたい?」


……好きだなあ、勿体ぶるの。別にどっちからだっていいんだけれど「じゃあ建前から」と答えつつ、赤福餅を再び口に放り込む。彼の羨ましいくらい艶のある唇が、にんまり弧を描いた。「気に入った? また買ってくるね」なんて。有難うございます。楽しみに待ってます。


「ひとつ目は悠仁を勉強させるため。優秀な呪術師と実経験を積むことで成長して欲しいって教師心。で、もうひとつは生徒思いで優しい僕の私情! 青春を謳歌して欲しい親心!」
「……やっぱりご存知だったんですね」
「つれないなぁ」
「誰から聞きました?」
「悠仁だよ。最近そわそわしてるから気になって僕から振ったの」
「そわそわ?」


さらっと出てきた意外な形容に眉を顰める。平然と頷いてみせた先生は「結構気にしてるんじゃない? 男の子だしねー」と、紙袋から出したペットボトルのお茶を投げて寄越した。さすがはグッドルッキングガイ。丁度欲しいと思ってました。

有難く喉に通しつつ、ここ数日の虎杖くんを今一度思い返す。感情豊かな声色、白い歯を覗かせるニッて笑い方、嫌味のない自然な態度、今まで同様のさり気ないスキンシップ。やっぱり告白前となんら変わりない――いや、そりゃあ距離感は変わったかもしれないけれど、それでもちょっと近くなったかなぁ程度。間違ってもそわついているようには感じられない。

ペットボトルのキャップをしめて、机に置く。


「あの、……私には普段通りなんですけど」
「そりゃそうでしょ」
「?」
「普通かっこつけたいモンだよ。特に、」


持ち上がった人差し指が向けられる。


「好きな子の前ではね」


ダメ、反応したら茶化される。そう分かってはいても、勝手に鼓動がどくんと鳴った。否が応でも熱が湧いて、案の定「かーわい」なんてケラケラ笑われ。もう本当に勘弁して欲しい。伏せた顔を両手で覆い、溜息ひとつ。


「いやぁー青春だね」


で、手は繋いだの? やら、どっちから告白したの? やら。もちろん全部濁したけれど、それでも心底楽しげに人の恋路をひと頻りからかった五条先生は、最重要事項であろう任務の概要説明を「伊地知に任せてあるから」の一言で済ませた。




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