ひだまりで泳ぐ




「適当にしてて。ジュース持ってくるから」


いつもみたいに微笑んだ松川が扉の向こうへ消える。トントンと階段を下りゆく音が遠ざかり、ホッとひと息。さあどうしよう。付き合って一ヶ月。初めての松川家、松川の部屋。緊張するなって方が難しいけど、突っ立ったままじゃもっと余計な気を遣わせてしまうだろう。

ひとまず中央に位置するローテーブルの手前側へ腰を下ろす。

右手には小型テレビと収納棚。窮屈そうにはみ出ているバレーボールの横、ブックスタンドを支えに並ぶDVDは試合記録用か。私がダビングした分も、もしかしたら一緒に入っているかもしれない。奥の勉強机にはペン立てくらいしか物がなく、去年あげたご当地ケティちゃんボールペンがささっていた。

付き合う前の何気ない贈り物を置いてくれているのは素直に嬉しい。張り詰めていた表情筋がほんのりほぐれ、日溜まりみたいな熱が湧く。整頓された室内は彼のイメージを少しも崩さず綺麗で、膝を包むさらさらのラグが心地いい。


トントントン。遠くから戻ってきた足音が背後で止まる。扉が開くと共に振り向けば、お盆片手の松川がぱちぱち瞬いた。


「なんで正座なの」
「、なんとなく……」
「緊張してる?」
「……分かってるなら聞かないでよ」
「ふっ、」


吹き出した口元が弧を描き、まあずいぶんと楽しそうにくすくす笑う。そんなに笑わなくたっていいじゃんって気恥ずかしさと、笑顔が見れたって嬉しさが胸の中でぐるぐるぐる。

コップの中、緩やかに波立ったカルピスが目前に着地。スナック菓子と同時に隣へ落ち着いた肩は未だ小さく震えたまま。悪いと思っているからこそ耐えているのだろうけれど、それもなんだか癪で、ぺしり。柔い力で叩いてみれば「ごめんごめん」と戻ってきた眼差しが優しく弛む。


「俺も、みょうじん家行く時そんな感じ」


嘘だ、って反撃は大人しく飲み込んだ。汲み取ることが上手な彼は、あんまり表に出ないから。



title サンタナインの街角で




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