どうかこの世界がふやけますように




燦然たる炎天直下。抜けるような青空も、白い波頭も跳ねる飛沫も砂浜も、そこらじゅうが光ってみえた。休憩だろう。ななめ前へ腰を下ろした一静の、締まった背中もずいぶん眩しい。無駄にゴツいわけじゃない。均整のとれた筋肉からは肩甲骨が浮いていて、湿った肌を伝う雫が太陽光を反射した。


「なまえさんや」
「はぁい」
「視線が刺さってますよ」
「でしょうね」
「え、わざと?」
「うん。わざと」


振り返った瞳が三回瞬いた。向こうで弾むきゃらきゃらとした明るい声を、寄せては返す波の音が巻き上げる。


「わざとだよ」


私の声までさらわれないよう復唱しながら微笑むと、無言の視線がゆっくり脇へ逸れていった。無骨な指が、既に焼けて赤らんでいる首の後ろをゆるく掻く。なんとなく照れくさそうな横顔は当惑混じりで余裕がいない。たとえば手を繋ぐとか抱き締めるとかキスだとか、そういう“恋人らしいこと”もさらっとこなし、ついでに恥じらう私で遊ぶ一静にしては珍しい。逆転したような立ち位置からの眺めはひどく優越的で、途端に彼が年相応に可愛く映る。ふわふわ浮き立つ心から、自然と笑みがこぼれでた。

他のみんなは向こうの方で遊んでいるし、ちょっとくらい、くっついてみてもいいかなあ。いつも私がうんとドキドキさせられている分、今の内にお返ししたい。


「ね、一静」


腰を浮かせ、やわらかな砂に沈んだ膝ごと広い背中へ寄りかかる。両手のひらを肩へとそえれば、たっぷり潮を含んだ肌が吸いついた。私と彼をへだてるものはなにもない。水着さえも透過する、二人分の鼓動と熱が行ったり来たり。すぐそこで、赤く茹だる耳殻がなんとも愛くるしい。

微笑みながら、そっと唇を寄せてみる。内緒話をするように鼓膜へ直接吹き込む音は、ふたつだけ。


「好き」
「、」


ぴくん。わずかに波打った彼の体が固まって―――ああこれ以上は、たぶんまずい。理性が煮立って弾ける前に、早く泳いで冷やさなくっちゃ。


fin.
< 題材 / 海 >
2021合同夏企画【 盛夏の懺悔 】提出




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