幸せ色の四角形




ただいまぁ、って自宅の玄関開けてびっくり。

「おかえり侑」
「、」

なまえがおった。普通にびびった。人間ほんまにびびったら声出えへんのやな。


べつになまえが家におるんは不思議やない。高三から付き合っとる彼女で、合鍵は既に渡してる。連絡なしで東京に来るんもいつものこと。なんでも『私が連絡したら、あー今日はなまえ来るから早よ帰らなあかんな、とか思うやろ? そういうん嫌やねん』らしい。よう分からん。けどなまえのそういうところは嫌いやないし、根本はめちゃくちゃしっかりしてる。

金無いからって大学行かんと、そんまま兵庫で高校就職。蓋をあけたら大層ブラックやった企業で耐えた二年目。逆に俺の方が心配になって帰省した時、『俺もまだ不安定やけど一緒に住むか?』って切り出した。普通やったら甘えると思う。丁度二十歳やし、仕事辞めて東京来れる良いタイミング。もしかしたら、え? これってプロポーズ? くらい浮かれてもええかもしれん。けどなまえは『一人暮らしの経験ないしご飯もまだ上手やないから、もうちょっと待っとってもらってええ?』と泣きそうな顔で笑った。今でもはっきり覚えとる。ああええ女やな、って惚れ直したこと。

それからなまえは転職したのち一人暮らしに踏み切った。まあ同棲するための予行演習やろう。たまの休みに都内の俺ん家にやって来て、掃除と洗濯、ついでに作り置きを詰めたタッパを冷蔵したりしとってくれる。せやから家におるんは不思議やない。けどおまえ、なんで玄関で立っとんねん。せめてリビングで寛いどいてや。びびるわほんま。


「今帰るとこなんか?」
「ううん。なんで?」
「部屋、電気ついてへんから」
「ああ。驚かそう思ってね。電気消しとかな、外から分かってまうやろ?」
「心臓に悪いわもー……」
「え、ごめんね?」
「いやぜんぜんええけど。……なんかあったわけとちゃうんやな?」
「うん」


頷かれて安堵する。普段傍にいてへん分、なまえが弱音を吐かん分。俺が気付いてやれることは殆どなくて、実はそこそこ心配やった。

肩から下ろしたカバンを置く。スニーカーを脱ぎながら身を屈めて覗いた瞳は数瞬後、嬉しそうに細まった。華奢な腕が首に回され、スマホ越しやないクリアな声が「あつむ」と、やけにまあるく俺を呼ぶ。


「おかえり。誕生日おめでとう」


爪先立ちで引き寄せられて、吐息が触れた。けど残念。お帰りのチュウもおめでとうのチュウも、お預けらしい。オレンジ色の間接照明に照らされた、なまえの目元でキラキラ煌めくラメは色っぽく悪戯で。……ああほんま、ええ女やなぁ。


「ありがとう。休み取ってくれたん?」
「うん。今忙しないし、ちゃんとプレゼントも用意してきたねんで」
「ほんまに?」
「ほんまほんま」


浮いとった踵をおろすと同時に離れた体温。しゃがんだなまえは壁際のリュックから、手のひら以下の小さい箱を取り出した。真紅と焦茶を混ぜたようなワイン色。見るからに高級そうな革素材。

中に何が入ってるんか、バレーばっかやっとる俺でもさすがに分かって困惑する。ちょお待って。これ男側が買って跪きながら贈るやつやと思うんやけど、え、俺の常識間違ってる?


さっきとは打って変わって得意気に、ふふんと口角を上げたなまえが口を開く。


――気付いてると思うけど、私だいぶ料理上手になったんよ。


(Happy Birthday*)




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