オオロラの包装




緊張を胸にボストンバッグと紙袋を提げ直し、インターホンをゆっくり押した。機械音が四角い箱の中で鳴る。間もなく『はい』と聞こえたノイズ混じりの声ははじめで、ホッとしながら名前を告げた。

良かった。はじめのお母さんが出たらどうしようかと思ってた。


『今行く』


簡素な返事のあとに玄関扉が開いて、はじめが顔を覗かせた。私の荷物に気付くやいなや慌ててスニーカーを引っかけて、わざわざ持ちに来てくれるあたり優しいひとだ。見た目ほど重くないよ、って遠慮したけど、軽くはねえだろ、と大きな手がバッグを掬っていった。ありがとう。素直に甘え、ライトグレーの背中に続く。青城ジャージでも制服でもないパーカー姿は新鮮で、なんだかちょっとドキドキする。今日は及川くんもいない。完全プライベート感がすごい。


「お邪魔します」
「ん」


玄関に踏み入った刹那、再び喉で生まれた緊張が心臓へと流れ込む。なんせ初めてのお泊まりアンド顔合わせ。気を遣わなくていいとはじめは言ってくれる。でも彼のご両親に失礼があってはいけないし、今後のためにもファーストコンタクトは大事。ちゃんと手土産も持ってきた。脱いだ靴をきちんと揃え、下駄箱側に踵を向ける。

名前を呼ばれて顔を上げれば、そんな心配しなくていいぞ、とはじめは言った。


「うちの親、結構気に入ってっから。おまえのこと」
「……うそ」
「ほんと」
「え、待って、いつ? 私会ったことある?」
「いや。去年の文化祭で見たっつってたから、おまえは認識ねえと思う」
「やだ恥ずかしい……」


一方的に見られていた、だなんて勘弁して欲しい。しかも去年の文化祭といったら半年くらい前。まだ付き合い始めたばかりの頃から、はじめと私のこの関係が知れていたことになる。まあ、はじめ分かりやすいもんね。及川くんもお喋りだし、親御さんも大事な一人息子に彼女が出来た、ってなったらそりゃあ気になるだろう。気持ちは分かる。ただなんというか、恥ずかしい。

リビングダイニングへ続く扉が開かれた。母ちゃん、なまえ来た。私や部活仲間に対する時よりもうひとつぶっきらぼうなはじめに続いて、息を吸う。


「はじめまして、お邪魔します。はじめくんとお付き合いさせて頂いてます、みょうじなまえと申します。これからよろしくお願いいたします」


心の準備なかばに発した声は存外震えてしまったけれど、エプロン姿のはじめのお母さんは、明るい笑顔で迎えてくれた。菜箸を置いて火を止めて「そんなに堅くならないで。こんな可愛い子がはじめにだなんて嬉しいわ」と、手の温もりが肩へ乗る。あたたかくて素敵なひと。はじめを育ててくれたひと。目元はあんまりだけれど鼻はよく似てる。ふ、と全身の力が抜ける。


「ありがとう、ございます」


おそれ入ります。用意していた無難な言葉は、素直なお礼に差し替えた。あの、お好きだとうかがったので。そう差し出した手土産のゼリーは「お昼のデザートに出すわね」と大層喜ばれ、それからはじめの部屋で待つよう追い立てられた。

おそらくきっと、隣で待ってるはじめが唇を尖らせつつあったからだろう。もういいか、俺のなまえだ。目ではっきり物言う息子が、なんとも可笑しかったのだろうと思う。


title ユリ柩




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