言えないことや言わないこと




食後のデザートって、なんでひとつしか選べないんだろう。クリームブリュレかティラミスケーキ。別途料金支払いますって言いたいくらい、どっちも食べたい。捨てがたい。

黒尾さんとランチメニューを前にして「すみません、悩んでて……」と謝りながら、うんうん迷う。こんちくしょう。なんでこんな、美味しそうな写真を撮って載せるんだ。ずるい。早く決めなきゃって焦れば焦るほど、どっちも美味しそうに見えてくる。やばい。一生決められない気がしてきたけれど、こんなところに時間を使うわけにもいかない。だめ。今日は念願の休日デート。普段のスーツ姿とは一味も二味も違う、オフモードの黒尾さんを堪能したい。

こうなったら恥を承知で最終手段の半分こ―――いやでもな……別に普通だとは思うけど、女の子同士じゃないんだし下品に思われちゃったら嫌だなあ。ぐぬ。


「なまえちゃん、なまえちゃん」
「っ、はいすみません……!」
「いや謝ってくれなくていいんだけど、もしかしてデザートで迷ってる?」
「ぅ……すみません……」


だから謝んないの、と可笑しそうに笑う黒尾さんから感じられるのは大人の余裕。三つしか変わらないっていうのに、なんだろうなあ。かっこいい。社会経験の差か、そもそも人としての器が大きいのか。

メニューの上を長くて太い指が滑る。いつも腕で光っている高級そうな銀色は不在。代わりに存在感を放っている、黒くてごついアウトドア系の腕時計が良く似合う。


「もし良かったらさ」
「?」
「別々に頼まない? で、俺の半分あげるから、なまえちゃんの半分ちょうだい」
「えっ、いいんですか……?」


正に願ったり叶ったり。もちろん私は、心の底からめちゃくちゃ嬉しいし有難い。けれど本当にいいんだろうか。接待でもご挨拶でも会議でも、人よりずっと察することに長けていて、場を取り纏める彼のこと。もし気遣ってくれているなら、それはそれで子どもみたいな自分自身が情けない。

おずおず黒尾さんを上目に見れば「いーよ」と、優しい声が降ってきて。


「俺も両方、気になってるし」


笑い方や口振りなんかは悪戯だった。


title tragic
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