お膳立てされた掌は彼方




貸した教科書が返ってきた。ご丁寧に、私が愛飲しているパックジュースをお礼に添えて。

わざわざ購買まで買いに行ってくれたらしい。大きな背を屈めながら「これ好きでしょ?」と微笑む八の字眉毛に頷き「ありがと」って微笑み返す。「良かった」って嬉しそうな松川は、いつも気配り上手でとっても優しい。出会った頃からずっと変わらない。だから今まで、そういう男の子なんだって思っていた。誰にでも優しくて気遣いが出来る人。けれどこの間、そうじゃないって話を聞いた。


「みょうじさ、最近花巻と良く喋ってるね」
「うん」
「仲良いの?」
「うーん……そこそこ?」
「へえ。好き?」
「良いクラスメイトだよ」
「そっか」
「うん」


そう。正に今話題に出た同級生――今年初めて同じクラスになった花巻から、松川はそんな男じゃないって話を聞いた。『何で私に教えてくれるの?』って尋ねたら、ちょっと黙った後『鈍感そうだから』ってシュークリームを一個くれたあの日のことは、今も鮮明に覚えている。面識のなかった花巻が急に声を掛けてきたのも“松川が気にかけている女子だから”らしい。随分と背中を押されたものである。『恋のキューピッド花巻だね』って言ったら嫌がられたけど。

まあとにかくそんなわけで私は、松川が唯一気にかけて常に優しく気遣うレアな女子らしい。私なんかより断然彼と仲良しな花巻が言うんだから、たぶん間違いない。それならそうと、もっと直球勝負でいいのにね。慎重にならなくたって私が断ることなんて絶対ないのに、何でもスマートにこなす彼もちゃんと年相応な男の子ってことだろう。なんだか可愛い。ファンが多い男子バレーボール部のレギュラーで、バレンタインとか体育祭ってイベント事じゃ下級生まで色めき立たせるあの松川が、ずっと私に片思い。

優越的で誇らしくって、このふわふわとした今の関係性は嫌いじゃない。でも松川にだって安心して欲しいと思う。なにより制服デートがしてみたい。花巻じゃなくて、松川と。


「ねえ松川。それって妬きもち?」
「……うんって言ったら、どうするの?」


コンマ二秒の躊躇いと怖がりながらも探る視線が、ほら愛しい。


「私が好きなの、松川だから大丈夫だよって返すかな」


全く想定外だったのか。珍しく固まった松川の腕を「今日部活でしょ?」とぽんぽん叩く。「終わるの待ってるね」って、響いた予鈴に手を振った。


title 喉元にカッター
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