魔性の春




ホームルーム終了後。日直の号令に合わせ、お決まりの三拍子。規律、礼、さようなら。カバンを肩に引っ掛け、廊下へ出る。おおかた他クラスの女子が集まっているのだろう。さっきから治くん治くんときゃいきゃい色めき立っているそこには、案の定、窓を背にした愛想無しの治と女子数名。

人気者は大変やなあ、なんてぼんやり思う。女子を侍らせて喜ぶタイプでなし、こんな目立ち方は大層不本意だろうのに、それでも迎えにくるのはどうしてか。珍しい。呼んであげるべきか、牽制がてら彼女として割って入るべきか。

そこそこ角が立ちそうな選択肢をいくつか浮かべている内、こちらに気付いた治は「なまえ」と声を張った。周囲の雑音を一蹴するような、やけに大きな言いぐさだった。


「帰ろか」
「あの子らええの?こっち見とうけど」
「ええよ。俺はお前待っとっただけやし」


女子の檻から抜け出てくるなり、するり。ごく自然に繋がれた左手から熱が滲む。外野なんてどうでもいいと言わんばかりに「相変わらず氷みたいやな」と苦笑した治は、包み込んだ私の冷たい手ごとポケットへ仕舞い、ゆっくり歩き出した。

階段をおりて、角を曲がって。

付き合い始めてそろそろ半年。もう歩幅の違いを実感することも、小走りになってしまうこともない。治が私に合わせてくれる。いつの間にか当たり前になった些細な習慣が、ちょっと嬉しい。ついつい緩む口元をマフラーで隠しながら、骨張った指をにぎにぎ弄ぶ。


「なんでお迎え来てくれたん?」
「別になんてないけど」
「けど?」
「たまの部活休みくらい、一緒におりたいやん」


思ってもみなかった返答に隣を見上げる。私と同様、マフラーに埋まった治の表情は窺えない。けれど寄越された一瞥だったり、いつになくぶっきらぼうな「……なんや」って声は、気恥ずかしさを孕んでいた。首を横に振って微笑む。基本、淡然と構えている彼が照れるなんて滅多にない。今日は珍しいことだらけやなあって幸福が、ふわふわ胸中を占める。

こうして知らない治が減っていく度、きっと彼の片割れである金髪くんでさえ知り得ない、私だけの特別が形を成していく。何気ないひとつひとつが当然に変貌し、そうして、ひどく優越的な愛しさばかりが春を呼ぶ。


「治」
「ん?」
「靴履き替えるん、私先でもええ?」
「ええけど……なんで?」
「靴箱別やし離さなあかんくなるやん?」


誰にも見えない生地の内側で大きな手を握る。丸まった灰色の瞳は、すぐに理解したらしい。「靴なおす時、お前に合わして屈まなあかんな」なんて冗談を言いながら、そっと握り返してくれた。


【合同企画connect提出】




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