窓、なんでちょっと開いてるんだろう。はじめかな。はじめしかいないよなあ。はじめの家だもんなあ。
皮膚を滑る朝冷に身震いをひとつ。未だ眠りの瀬で揺蕩う意識をコーヒーの香りが呼び寄せる。鮮明さを取り戻した視界の端。馴染み深いスウェットが入り込んできたかと思えば、お揃いのマグカップがサイドテーブルへ着地した。
「なまえ」
鼓膜を浚う低い声。頬に散らばる髪を掬い、そうっと耳後ろへ流す無骨な指が心地良い。首筋を辿って下りたそれは僅かにずれていたキャミソールの紐をかけ直し、むき出しの肩を覆った。大きな手のひらから温度が滲む。幼子を寝かしつけるよう、あるいは起こすように四本指の腹で優しく叩きながら、彼はもう一度私を呼んだ。
「そろそろ起きねえと、夜寝れなくなんぞ」
「……今夜は寝かせてくれるってこと?」
離れかけた腕をやんわり捕らえ、悪戯に笑んでみせる。唇を引き結んだはじめは「わりぃ……今日は家まで送る」と、なんともバツが悪そうに顔を逸らした。潔く謝るあたりが彼らしい。思わず笑ってしまいながら「ごめん。意地悪言った」って、短い髪をかき撫ぜる。
責める気なんて全然ない。ちゃんと分かってる。今日が滅多とない二人揃ってのお休みだったからってこと。どうしても負担の大きい私がぐうたら出来るよう、いつも休日前夜を選んでくれていること。人一倍我慢強くて、壊れ物を扱うような、宝物を愛でるような手付きで何より大切にしてくれること。全部知ってる。伝わってる。だからいいんだよ。この倦怠感も結構好き。恥ずかしいから言わないけど。
「コーヒー淹れてくれたの?」
「おう」
「じゃあ折角だし起きよっかな」
冷めて雑味が出てくる前に味わいたい。
はじめの腕は捕まえたまま、瞼を擦って欠伸をこぼす。息を吐くように笑った彼はシーツに手を付き、ゆっくり抱き起こしてくれた。こういうことはずいぶん手慣れたわりに、おはようのキスは照れるんだから、全くいくつになってもはじめははじめで、全部が全部愛おしい。
【合同企画connect提出】
back