家まで送ってもらう




心配しなくても大丈夫。まだ夜の九時。等間隔の街灯が照らす大通りは明るく、人通りも少なくない。一つ角を曲がれば私の家まで直線距離。歩いて十五分とかからないし、走ればたぶん八分くらい。わざわざ送ってもらわなくて済むよう、在宅ワークへの切り替えに合わせて引っ越した。それなのに町の安全を護るお巡りさんは、どうしても気にかかるらしい。


「大地、ここまでで良いよ。直ぐそこだし」
「じゃあ家まで行っても変わんないな」
「もう……。何のために引っ越したか分かってる?」
「俺に迷惑かけないためだろ?」
「分かっててこれかぁ」
「ははっ。まあ迷惑だとか思ってないし俺が送りたいだけだから、そんな気ぃ遣わなくていいぞ」
「そうは言ってもさあ……」


洩れた吐息が白く染まる。何か言おうと思ったけれど、何を言ったところで敵わないだろう。結局文句の一つも浮かばずじまい。いつだって白旗をあげるのは私の方。


「いやもうほんと……ありがとねいつも」
「いえいえ、こちらこそ」


厚手の手袋越し。足を止めたって離されなかった手を握り返し、どちらからともなく先へ進む。自然とゆっくり歩いてしまうのは、もう少し一緒にいたいからか。早く帰してあげなきゃダメなのに未だ乙女である恋心は、こういう時だけ素直なまま。


ぎゅ、ぎゅ、と雪が鳴る。不意に安っぽいエンジン音が轟いて「改造マフラーだな……」と眉を顰めた大地に笑った。だっていきなり警察官の顔をするんだもの。根っからの良い人代表には勤務時間なんて関係ないらしい。もしくは職業病。

今は私といるんだからって身を寄せれば「なまえ」と、あの頃より大人びた目元が嬉しそうに弛んだ。


【夢BOX/大地さんにお家まで送って貰う】




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