攫うのならば心まで




合同体育、休憩時間、昼休み、放課後。平均的に見ても頭一つ分抜きん出ている上、大層嵩張る男子バレーボール部の壁ともいえる塊に馴染む、華奢なシルエット。中だるみする低音の中、鈴のような凛と柔らかい声が交じる。何でもない男子高校生のじゃれ合いを物珍しげに楽しんでは、くすくす笑う。その度、ふわりと空気が浮上する。突き刺すような北風が初春の麗らかさを孕む。岩泉の熱が、たったの少し上昇する。

あーあ、と。心の中で息を吐く。


岩泉が自分の恋人であるなまえを輪に引き入れたのは、ついこの間、部員で集まっているならと遠慮していることを知ったからだ。そんなに気負うことなく、せめて“自分が邪魔になる”なんて発想をしないよう、いつでも話しかけられる環境を提示してやりたかった。だから紹介したのだ。松川と花巻と、不本意ながら及川に。なのに今更、まだ隠していたかったような、箱に閉まって自分だけのものにしておきたかったような独占欲が、どうしようもない熱とともに湧き立つ。

別に心配しているわけではない。なまえが自分のことをどれだけ好いているかは知っていたし、勿論三人にも信頼はある。みっともないのは自分だけであると分かっているからこそ、決して表には出せないし出すつもりもなかった。ただモヤモヤして、虫の居所が悪いだけ。


「……はじめ?」
「ん?」
「もー!岩ちゃん俺の話聞いてなかったでしょー」
「あ?何か言ってたのか」
「来週の日曜部活ねーじゃん?どっか行こうぜって話」
「みょうじさんも空いてるらしいし」


ネ、と首を傾けた松川の視線になまえが頷く。たったそれだけでチリッと焼け付く胸の底。

そもそもなまえを誘うことに抵抗があるものの、しかし彼らなりに気を遣ってくれているのかもしれないと思い直す。『そういえばみょうじさんとデートした?』と聞かれたことは記憶に新しい。実際、学校帰りに互いの家へ寄ったことは何度かあっても、予定を合わせて私服で出掛けたことはなかった。

「どこ行くんだよ」と話に乗る。そんな岩泉に、なまえの熱がちょっぴり上がる。


「冬だしあったけーとこが良いよな」
「みょうじさん行きたいとこないの?」
「んー……」
「俺らじゃなくて、岩ちゃんと行きたい!ってとこでも良いよ」
「、」
「おい無茶振りすんなクソ及川」
「お口が悪い!」
「うるせえ」
「っふ」


斜め下、堪えきれなかったのだろう小さな笑い声に視線を移す。何がそんなに可笑しかったのか。心底楽しそうに緩む桜色の頬。


「ごめん。男の子だなあって思って」


ふわり。瞬時に空気を和ませた凛と柔らかい声は、岩泉の毒気をも抜いていった。


title 子猫恋




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