ひとつ因果に落ちてしまえば




どちらかといえばちゃらんぽらんで、さっくりざっくりサバサバ上等。ノリで全てを補って、こまかいことは気にしない。ちっちゃなことも気にしない。そうじゃないとたぶん病む。悪口に聞こえてしまう軽口なんて日常茶飯事。バカはあんまり使わないけど、アホって二文字はよく飛び交う。先生も普通に、授業中にさえ口にする。おまえ何アホ言うとんねん、しっかり予習してこんかい。そんな荒い言葉がたんまり溢れている関西に、親の転勤で引っ越してきて三年目。正直ちょっと、まだ慣れない。いや、わかるよ。そんだけ経っててまだかよって、私も思う。思うけど、こればっかりはどうしようもない。怖いものは怖い。


「みょうじさん、こことめてくれへん? こいつ離したら空きよんねん」
「は、はい……」


昼休憩の図書室内。ガムテープを手に、北の向かいへ駆け寄った。押さえてくれている端から端へ、ベリベリバリッと封をする。詰める図鑑は、どうやらこれで最後らしい。さっきまで灰色のカーペットが見えないくらい、所狭しと書籍が直積みされていたカウンター内は、綺麗さっぱり片付いていた。

私ひとりじゃずらすことも出来ないだろう重い箱を、けれど涼しい顔で端へ寄せた北の視線が寄越される。射貫くような大きな瞳に、びくり。つい跳ねてしまった肩を慌てて諫める。二年連続同じクラスで同じ図書委員である北のことは、実をいうとあんまり怖くない。他と比べて荒い言葉も少ないし、制服もぴっしり着用していて品行方正。でも、底が知れないこの瞳だけは、まだ苦手。考えていることがぜんぜん読めない。無言で、じ、と見つめられてしまえば、悪いことなんてしていないのに後ろめたさが脈を打つ。ガムテープの貼り方がまずかったのか、それとも失礼な言動があったのか。勝手なマイナス思考がぐるぐる巡りはじめた時―――


「すまんな、ありがとう」


北の表情が、ほんの僅かにやわらいだ。目元はさほど変わらない。少し下がった眉尻と、微細にゆるんだ口角。

びっくりしたのは言うまでもなく、私の脳も耳も鼻も一旦停止。もう後ラベル貼るだけやし、先戻っとってくれてええで。そう続いた言葉に、なんとかはたと我に返る。いやいやそんなわけにはいかないよ、と。両手を胸の前で振る。


「いいよ、私も手伝う。貼るだけって言っても入ってる本書かなきゃだし、二人でやった方がきっと早いよ」
「そうかあ。ほな書く方頼むわ」
「うん」


歴史書やら参考書やら。大きめのラベルシールへ、ペン先を走らせる。キュ、キュ、とマジック特有の音が鳴り「なんやスキール音みたいやな」って、一枚一枚貼り付けている北が小さく笑った。案外幼い横顔に、再び私の世界が止まった。


title 徒野




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