遠距離恋愛のはなし




高校を卒業し、衛輔と六時間の時差が出来て早数年。当初なくなるだろうと覚悟していた、“私のことを気にかける時間”は案外あるらしく、現地の写真は頻繁に送られてくるしライン電話もかけてくる。というか、有難いことに毎日レベルで通話している。私がお昼に入る時間と衛輔の起床時間が丁度重なるのだ。「ちょっと待ってなー」って寝起きの声は柔らかくて可愛いし、歯磨きのしゃこしゃこ音をBGMに食べるご飯は美味しい。

そんなわけで、たとえば歌詞なんかに良く出てくる、会えない時間分だけ心の距離が離れたり近づいたりって実感は全くない。そりゃあたまに寂しくなるけれど、そもそもが一人で生きていけるタイプの人間同士。特に可もなく不可もなく、毎日適当に過ごせていると自負している。


事情を知っている同僚や友達には、浮気の不安とかないの?って高頻度で聞かれるものの、まあ衛輔に限ってないかなあと思う。美人は三日で飽きるとは良く言ったもので、ロシアに行った当初ははしゃいでいる様子だった(だってアリサさんみたいな女の人がごろごろいる国だ。分かる)けれど、その内何も言わなくなった。ちょっと気になって『最近美人さん見かけないの?』って聞いたら『見るけどなんか慣れたし、最近っつーかわりと前からなんだけどさ。やっぱなまえだなーってすげえ思う。超会いたい』なんてしみじみ恋しがられたのは良い思い出だ。本音かご機嫌取りかなんて声で分かる。衛輔が嘘をつかないことも知っていた。

どれだけ大人になっても、生活環境全部がガラッと変わっても、素直で優しいところはそのまんま。私が恋した心のまんま。むしろ度胸レベルだけが格段に上がっているような気がして、ますますかっこいい。


「おはよー」
『ん……』
「起きる時間ですよー」
『んー……なまえ……?』
「そうだよ。おはよう衛輔」
『おは……』


起き抜けの乾いた声。一拍置いて遠くで聞こえたふにゃふにゃな欠伸。短い髪に寝癖をつけた、なんとも可愛い寝起き姿が脳裏に浮かぶ。そんな写真を送ってくれたのは、確か彼のチームメイトだった。添えられたロシア語は全然分からなかったけれど、君の可愛いダーリンだよ、的な意味だったと記憶している。たぶん。


「起きた?」
『ん。なに、なまえからとか珍しいじゃん』
「たまにはモーニングコールでもどうかなって」
『最高』
「そんなに?」
『やーもうほんと…………なあ?』
「なに、凄い気になるんだけど」
『早く直で起こして欲しいなって話』
「やだ待ってにやける」
『今会社じゃねーの?』
「だから困るの」


勝手に緩んでいく表情筋を慌てて引き締めながら俯いた。誤魔化しがてら、サラダをしゃくしゃく。イヤホンの向こうで朗らかに笑った衛輔は『年越しには帰れそうだから、そん時いろいろ覚悟しとけよ』と、私の心臓をサックリ射抜いた。


【夢BOX/夜久くんと遠距離恋愛のはなし】




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