おめでとう、君の生まれた日




「治おる?」って一組を覗いたら、たまたまそこにいた角名が「ん」と斜め下方を指した。指を辿った先では机に突っ伏す灰色の頭。どうりで廊下から見えないわけだ。


「寝てんねやったらまた後にするわ」
「や、たぶん大丈夫だからちょっと待ってて」


別にそんな急を要する用事があるわけではなかったけれど、断る前に角名が動いてくれたものだから、言われるままに大人しく待つこと数秒。「なまえ」と歩いてきた治は、全然寝起きの顔じゃなかった。それでも一応起こしたことを謝れば、明後日の方を見ながら「あー……」って歯切れ悪く首裏を掻く。相変わらず気のない瞳。プレゼントを渡した朝はあんなにキラキラ輝いていたのに、何かあったのか。


「まあ外行こや」


ぽんぽんと頭を撫でられ、なんとはなしの嬉しさが浮上。教室から出てきた治の隣へ足早に並び、自然と繋がれた手を握る。ちらちら飛んでくる視線の嵐はきっと彼の誕生日を祝いたいのだろうけれど、当の本人は見事なフル無視を決め込んでいるし、さすがに彼女である私といるところを割って入ってくるような勇者はいなかった。

喧騒が遠のいていく。外へ出て、裏庭の端っこ。二人がけのベンチに腰を下ろす。ずいぶん冷たくなった秋風が頬を撫でて、不意の溜息が鼓膜を揺すった。お疲れらしい。ズルズルずれて低い位置に落ち着いた頭を撫でてやれば、ゆっくり寄りかかってきた。


「本日の主役がえらいブルーやね」
「そらもう……休み時間なるたんびに知らん奴がなんか持って来よんねんぞ。気ぃ遣うしめんどいし、お前以外からのん要らんし」
「それで寝とったん?」
「フリな。ほんまに寝てへんで」


息を吐くとともに脱力した治の重みが増す。決して軽くはないけれど、リラックス出来ているなら喜ばしいと思う。未だ離されない手も、さらっと流してしまったさっきの発言も結構嬉しい。私以外からのプレゼントは要らないって、ほんと彼女冥利に尽きるなあ。


「なあなまえ、一個お願いあんねんけど」
「なに?」
「今日部活見に来てくれへん?ほんで一緒に帰ろ」
「ええけど、部員でお祝いは?」
「あるやろな。たぶん」
「んー、まあ外で待っとくわ」
「何で?参加したええやん」
「周りが気ぃ遣うやろ。顔面パイとか当たってみ?『やってもうた』ってなるやん」
「ふっは。それはそれでおもろいけど、まあせやな。悪いけど外で待っとってや」
「ん。ゆっくりお祝いされてきてな」
「おん。いつも有難うな」
「こちらこそ」


照れくさそうでいて幸せそうにはにかんだ治は、いつもよりうんと幼く見えて可愛かった。



title 子猫恋
(Happy birthday*)




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